
【幸せのおすそ分け企画 第2弾】元救急救命士が語る「命の重さ」と、私が学んだこと | あおぞらさんをご紹介
どうも、こんばんは!まる。です。
今回も幸せのおすそ分け企画。
その第二弾として、記事の個別紹介をさせていただきます。
▼『ご報告!』対談企画が無事完走!&『幸せのおすそ分け企画』から3名の方を選ばせていただきました🍀
今回、ご紹介させて頂くのは『あおぞら』さんが執筆された『新生児の命の重さ』という記事です。
▼あおぞらさん
▼新生児の命の重さ
元救急救命士であるあおぞらさんの、リアルな現場での経験と葛藤。
そして「命」への向き合い方が綴られた、とても深く考えさせられたnoteです。
私たちが何気なく過ごしている日常の裏側で、小さな命を救うために奔走する人たちがいる。
命とは一体、何なのか。
ぜひ、最後までご覧ください🍀
🍀「人命救助の現場に携わりたい」 そんな想いを胸に現場へ。ーー元救命士「あおぞら」さん

🎵『新生児の命の重さ』イメージソング:21グラム
※この楽曲はSuno AIを使用しています。
「人命救助の現場に携わりたい」 そんな想いを胸に現場へ。
消防歴30年。
東日本大震災の年に救急救命士へ。
元救命士「あおぞら」です🌤️
「なぜ?」を大事に、 経験や失敗を振り返りながら、救急の知識と「考える視点」を発信しています。
救急を通して、命について一緒に考えていきます。
プロフィールにもある通り、
あおぞらさんは消防職として30年、
そして2011年(東日本大震災の年)に救急救命士となり、
長きにわたり過酷な現場に立ち続けてきた、
まさに「命を救うプロフェッショナル」です。
▼🚑「救急の勉強部屋」はじめました🌿
消防。
救助。
救急。
指令管制。
さまざまな現場で「立つ場所」を変えながら活動されてきたあおぞらさんは、ご自身のnoteで『救急の勉強部屋』という発信をされています。
そこには、成功体験だけでなく、現場で迷ったことや失敗したことまでもが、とても正直に語られています。
記事にも書かれている通り、救急とは決して特別な場所ではなく、
私たちの日常のすぐそばで起こっている出来事なんですよね。
一分一秒を争う「生命の境界線」で戦い続けてきたあおぞらさんのリアルな言葉には、
生成AIなどの情報では決して得られない、生きた経験の重みがあります。
どの記事も貴重なお話ばかりです。
▼🚑第1話「救急車が来るまで、何ができる?」―窒息CPAの現場で考えた「数分間」の意味―
特に印象的なのは、
あおぞらさんが常に『なぜ?』と深く思考されていることです。
救急車が到着するまでの数分間。
「あの日もっといい方法はなかったのか?」。
組織の体制や技術に対して、そんなことをずっと自問自答されている。
あおぞらさんの記事からは、命に対する真摯な想いが伝わってきます。
🍀まる。にとって、あおぞらさんはどんなフォロワーさん?

正直にお話しすると、あおぞらさんとは今回の企画をきっかけにご縁ができたばかりで、まだ長いつきあいがあるわけではありません。
でも、今回紹介する記事や過去の投稿を読ませていただいて、
本やニュース、ドラマでは絶対に分からない「命の現場のリアル」と「救急の知識」に、強く心を揺さぶられました。
私のような創作活動をする人間にとって、自分が経験できない世界を描くには、実際にそれを体験した方の生の声から学ぶほかないと考えています。
「命」はみんなが持っている最も身近なものなのに、
その本当の重さを知る機会は意外と少ないものです。
だからこそ、最前線で命と向き合い続けてきたあおぞらさんの嘘偽りのない言葉は、本当に貴重だと感じています。
生きた経験から得られる「命の尊さ」を学べる大切な機会として、
最近はあおぞらさんの記事を読ませていただいています📗
🍀なぜ、今回あおぞらさんを選んだのか?
実は、理由は9割くらい先ほどお話ししてしまったのですが…😏
やはり、元救急救命士であるあおぞらさんのリアルな経験談が、
私にとってそれほどまでに強く印象に残ったからです。
今回の企画で、250名近い方の記事を読ませていただきました。
自分の中の世界を文章として表現される方。
日常の気づきを綴られる方。
感謝の言葉を述べる方。
活動に役立つ情報を発信される方。
本当に色んな方が、それぞれの想いで記事を書かれていました。
ですが、実際の体験を通して「命とは何か」をここまで深く考えさせられたのは、私がnoteを10か月続けてきて初めての経験でした。
長きにわたり、これほど責任ある過酷なお仕事を勤め上げられたあおぞらさんへ。
心からの敬意と感謝を込めて、今回の「幸せのおすそ分け企画」の対象記事に選ばせていただきました🍀
💖新生児の命の重さ
▼新生児の命の重さ
正直にお話しします。
私は、本当の意味での「命の尊さ」を知りません。
なぜなら、ありがたいことに、これまで身近な人の死に立ち会った記憶がないからです。
命のすばらしさを説く物語に触れたり、悲痛なニュースを見たり。
東日本大震災の恐ろしさも知っていますが、
率直に言うと、どこか「画面の向こうの出来事」として捉えている自分がいます。
そんな私が、あおぞらさんの記事を読んで、改めて「自分のこと」として想像してみたんです。
新生児の蘇生。
記事の中では、あおぞらさんが初めて新生児の胸骨圧迫を行った瞬間のことが、こう書かれています。
新生児の胸骨圧迫。
あの小さな胸に、自分の手を添える。
そして、圧迫する。 その感覚は、衝撃的でした。
「こんなに小さい身体に……」
想像しただけで、とても恐ろしくなりました。
骨を折ってしまわないか?
首も座っていないのに気道確保なんてできるのか?
たとえ目の前で命が消えそうになっていても、自分には手を出せる勇気なんてない。
そう思いました。
あおぞらさんもまた、初めての事案を振り返り、こう記されています。
あの小さな命が、もし泣いていなかったら。
もし、蘇生が必要な状態だったら。
私は、何ができただろうか。
(中略)自分の知識のなさ。対応力のなさ。それを、強く感じました。
そして、恐ろしさも感じました。
でも、あおぞらさんはその「恐ろしさ」から逃げず、命に関わる学びを深め、私の想像もつかないほど多くの人を救ってこられたと思います。
私にとっては絵空事のような救急の現場が、現実で起こっているのだと認識した時、ふと考えたんです。
『どうして、命が失われるかもしれない状況を、私はこんなにも怖いと感じるんだろう?』
それは、命が二度と取り返しのつかないものだと分かっているから。
そして何より、
「自分の行動のせいで命を落とさせてしまったら、その責任に耐えられない」
という、私自身の弱さと恐怖があるからだと思います。
大切な人が亡くなれば、めいっぱい悲しむだろうと頭では分かります。
でも、嘘偽りない本音を言えば、それはまだ私の「想像の域」を出ません。
記事を読んでたくさん考えた私の結論は、こうです。
命の重さそのものは、誰の命でも変わらない。
けれど、その重さをどれだけ実感できるかは、どれだけ想像できるかによって変わるのではないか。
たとえば、遠い国で戦争や飢餓によって亡くなる人がいると知っていても、私はその重さを実感できていません。
それは命に軽い重いがあるからではなく、私の想像が、そこまで届いていないからだと思います。
身近な人であれば、深く悲しみ、その重さを痛感するはずです。
今の私に、命の重さを語る資格はまだありません。
ですが、あおぞらさんが紡ぐ言葉は、私の想像力を広げ命と向き合うきっかけをくれました。
「経験がないから分からない」で終わらせず、これからも想像力を膨らませながら、現場に立ち続けてきた方の声に耳を傾けること。
それが、今の私にできる「命への向き合い方」なのだと感じました。
🤝むすびの言葉
ということで、今回は「幸せのおすそ分け企画」第二弾として、
あおぞらさんの『新生児の命の重さ』をご紹介させていただきました。
今回は少し真面目で深いテーマのお話になりましたが、私の個人的な想いまで最後まで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。🙏
そして、命について考える大切なきっかけをくださったあおぞらさん、
本当にありがとうございました🍀
ぜひ皆さんも、あおぞらさんのページへ足を運んでみてください。
▼あおぞらさん
さて、「幸せのおすそ分け企画」の個別紹介も、次でいよいよ最後のお一人となります!
次回もまた、心を込めて素敵な記事をご紹介させていただきますので、
ぜひ楽しみにお待ちください✨
それでは、今夜はこの辺で。 まる。でした!ばいばい👋
#幸せのおすそ分け企画 #おすすめnote #あおぞらさん #命の重さ #救急救命士 #新生児 #エッセイ #日々の気づき