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ドアノブに撃たれ続ける女、静電気はなぜ私ばかり狙うのかを真剣に考察したら、雷を経由して、百円ショップのキーホルダーに着地した話。

    今朝、今シーズン最初の被害が出た。

    前兆は、着替えのときからあった。

    ニットを脱いだ瞬間、頭の上でパチパチパチ、と小さな音がして、髪がふわっと浮いたのだ。

    鏡を見ると、ゴリラが一匹、うっすら逆立っていた。

    今思えば、あれは予告だったのだと思う。

    犯行現場は、会社の入口のドアノブである。

    何気なく手を伸ばし、握った。

    次の瞬間。

    バチッ。

    「いたっ!!」

    声が出た。ゴリラの「いたっ」は、フロアの端まで届く。

    ちょうど出社してきた森さんが、びくっとして立ち止まった。

    「え、なに、事件?」
    「ドアノブに撃たれた」
    「ああ、静電気ですね。もうそんな季節か」

    そんな季節か、じゃない。

    こっちは指先に、小さな稲妻を食らったのだ。

    しかも、これで終わりではなかった。

    席に着くまでの数十歩で、さらに二回。

    共有の冷蔵庫の取っ手、バチッ。
    コピー機のふた、バチッ。

    朝の九時前にして、被弾数は三。

    一方、森さんは同じドアを通って無傷。隣の席の同僚も、スマホで海外サッカーを見ながらドアを開けて無傷である。

    私だけが、触るたびに撃たれている。

    偶然が三回続けば傾向である。四回続けば体質である。

    そこで私は、静電気について真剣に考察することにした。

    仮説① 体格説

    まず疑ったのは、体格である。

    身長は公称160センチ。実測は158センチ。

    大きいほうが強く見える、という小学生男子の理論に、私は今も忠実に従っている。

    ただ、肩幅はある。ちょっとした荷物なら、そのまま運べる肩幅である。

    電気を受け止める面積も、きっと広いのだろう。大きめの網で、冬の電気をごっそりすくっている状態である。

    さっそく同僚に聞いてみた。

    「静電気って、肩幅が広いほどたまりやすいと思う?」

    同僚は画面から目を離さずに答えた。

    「肩幅で決まるなら、水泳選手は全員ビリビリだよ」

    正論だった。画面を見たまま言うところが、腹立たしいほど的確である。

    仮説①、却下。

    仮説② 服のせい説

    次に疑ったのは、服である。

    今日の私は、ウールっぽいニットに化学繊維のインナー。重ね着という名の、摩擦のフルコースである。

    ここで、同僚の膝が目に入った。

    くまのプーさんのひざ掛けである。ポリエステル製。静電気の代表選手のような素材だ。

    ちなみにこれは、数年前に私がディズニーランドでお土産に買ってきたものである。

    ところが同僚は、このひざ掛けを一年中使っていて、一度も被弾していない。

    「ちょっと、ひざ掛け触っていい?」

    そっと触れてみた。

    バチッ。

    「いたっ」
    「ほら」

    同じひざ掛けなのに、同僚が触れば無傷で、私が触れば被弾する。

    つまり、ひざ掛けは潔白である。

    あげた側だけが撃たれ、もらった側はぬくぬくしている。納得がいかない。

    ただ、同僚だって冬は服を着込んでいる。服だけでは説明がつかない。

    仮説②、半分くらい却下。

    仮説③ 靴のせい説

    そこへ森さんが言った。

    「ゴリねえさんの靴って、底がゴムだよね」

    見下ろすと、歩きやすさ重視のゴム底の靴である。

    雨の日も雪の日も、私を裏切らない頼れる相棒だ。

    森さんいわく、ゴムは電気を通しにくいため、体にたまった電気が足元へ逃げにくいらしい。

    つまり、私の靴は頑丈すぎて、電気まで通さない。

    頼もしさが、裏目に出た。

    仮説③、有罪の疑い。

    ただし、靴を脱いで出社するわけにもいかないので、継続審議とする。

    脱線:そもそも静電気とは何者か

    ここで、そもそもの話をしたくなった。

    調べてみると、静電気と雷は、どちらも電気が一気に放電する現象らしい。

    雷は、雲の中で氷の粒などがぶつかり合い、電気が分かれてたまった結果、起きるのだという。

    つまり私は、毎朝ミニ雷に撃たれていたのである。

    昔の人は、雷を神様の怒りだと考えていたという。

    では、私は何か怒らせたのか。

    昨日の夜に、おやつを食べすぎたからか。
    今朝、ドアに「おはようございます」と言わなかったからか。

    さらに調べると、フランクリンという人が、雷雲に向けて凧を上げ、雷が電気であることを確かめたらしい。

    嵐の中で、凧である。

    私は、出社のドアノブを握っているだけだ。

    同じ電気の研究でも、彼よりはるかに安全な環境で毎日実験している。

    仮説④ 私、避雷針説

    そんなことを考えているうちに、ふと、あることに気づいた。

    雷は、高いところに落ちやすい。

    私は公称160センチ。実測158センチ。

    高さはやや足りないが、肩幅で補っている。

    つまり、私は会社の入口の避雷針なのではないか。

    私が毎朝ドアノブで被弾することで、森さんも同僚も無傷で席につける。

    私が電気を一手に引き受けているおかげで、会社の平和が保たれているのだ。

    そう考えると、急に胸がすっとした。

    私は被害者ではなく、守護者だった。

    昼休みに、さっそく森さんに伝えた。

    「私、避雷針だったかもしれない」
    「うん、ありがとう」
    「え、もっとないの?」
    「ゴリねえさんのおかげで、私、今日一回もバチッてなってない」

    森さんは、ふつうに感謝してくれた。いい子である。

    ところが同僚が、画面を見たまま言った。

    「でも、ゴム底でしょ。避雷針って、地面に電気を逃がす棒だよ」

    私は固まった。

    そうだった。

    私は電気を受け止めるだけ受け止めて、地面に逃がせない。

    つまり、アースのない避雷針である。

    欠陥品だ。

    「それ、ただの帯電してる人」
    「やめて」

    私は守護者から、一瞬で帯電している人に降格した。

    昼休みの実験

    仮説は、検証しなければ意味がない。

    「ねえ、ちょっと私の指に触ってみてくれない? どのくらいたまってるか、測りたい」

    森さんと同僚が、同時に半歩下がった。

    「いやだ」
    「絶対いやだ」

    息が合っている。

    同僚はプーさんのひざ掛けを胸まで引き上げて完全に防御態勢。森さんは椅子の後ろに回った。

    「ゴリねえさん、その指、こっち向けないで」

    私はただ、人差し指をすっと伸ばしただけである。

    それだけで、フロアの人たちが少しずつ遠ざかっていく。

    ゴリラが指を向けて近づいてくる光景は、そういうものらしい。

    仕方なく、自分で机の引き出しの金属の取っ手に触れてみた。

    バチッ。

    被弾数、四。

    実験は自爆で終わった。

    わかったことは一つだけである。

    私の指は、私にも撃てる。

    事件:上司の「なんでやねん」

    午後、事件が起きた。

    外出から戻ってきた上司が、あのドアノブを握ったのである。

    バチッ。

    「いたっ! ……なんでやねん!!」

    フロアが静まり返った。

    出た。

    出どころ不明の、巻き舌の関西弁である。

    千葉県出身で、県外に出たことがない上司の口から、なぜか関西のイントネーションが飛び出した。

    しかも、本人は気づいていない。

    森さんが小声で言った。

    「静電気でも、出るんだ」
    「出るんだね」

    私と森さんは、そっと目をそらした。

    隣の同僚が、画面を見たまま、ごく小さく首を振った。

    触れるな、の合図である。

    上司はドアノブを見つめたあと、こちらをちらりと見た。

    「……今の、誰も聞いてないよね」

    全員が一斉にパソコンの画面を見た。

    アースのない避雷針は、受け止めきれなかった電気を上司に流してしまったのかもしれない。

    申し訳なかった。

    着地:解決策は、百十円だった

    その日の帰り道、森さんと同僚が解決策を教えてくれた。

    森さんの案は、ドアノブを握る前に壁に手のひらで触れて、先に放電すること。

    同僚の案は、百円ショップの静電気除去キーホルダーである。

    私は真剣な顔になった。

    仮説を四つ立て、雷を経由して、避雷針にまでなった。

    それなのに、答えは百円ショップにあるらしい。

    人類の叡智が、税込百十円で売られているらしい。

    帰りに寄ってみると、静電気対策の売り場がちゃんとあった。

    キーホルダー、ブレスレット、スプレー。

    思ったより、人類はみんな撃たれている。

    ブレスレットも試そうと思ったが、私の手首にはなかなか通らなかった。

    ゴリラの手首は、細い輪に入らない。

    そっと棚に戻した。

    結局、いちばんシンプルなキーホルダーを買って、カバンにつけた。

    百十円で雷神と和解できるなら安い。

    帰宅:天使にも、撃ってしまった

    家に帰ると、愛犬の天使が玄関まで出迎えに来てくれた。

    トイプードルの、ふわふわの毛である。

    私はうれしくなって、頭をなでた。

    バチッ。

    天使がびくっとして、後ずさりした。

    私もびくっとした。

    天使は、被害者の顔で私を見ている。

    じっと、静かに、信じられない、という目で。

    私はその場で、加害者になった。

    「ごめん、ごめんね。わざとじゃないの」

    天使はしばらくこちらを見ていたが、おやつをあげたらすぐに許してくれた。

    天使は、心が広い。

    被弾数、五。

    その夜、私はキーホルダーを握りしめて寝た。

    翌朝

    翌朝。

    会社の入口のドアの前に立った私は、カバンに揺れるキーホルダーを見て、少し誇らしい気持ちになった。

    昨日までの私とは違う。

    今日の私は、守られている。

    ふと後ろを振り返ると、いつの間にか森さん、同僚、上司が三人そろって並んでいた。

    「お先にどうぞ」
    「どうぞどうぞ」
    「適材適所、ってやつだね」

    上司まで、にこにこしている。

    私はいつの間にか、ドアの係に任命されていた。

    堂々と、ドアノブに手を伸ばした。

    バチッ。

    「いたっ!!」

    後ろの三人から、小さな拍手が起きた。

    キーホルダーは、カバンの横でぶらぶらと揺れている。

    私の指を守る気配は、なかった。

    森さんが言った。

    「ゴリねえさん、それ、キーホルダーで先にドアを触るんだよ」
    「え」
    「握るんじゃなくて」

    使い方を、読まなかった。

    同僚が、画面を見たまま言った。

    「説明書、読んだ?」

    私は、そっとドアに向かって言った。

    「……おはようございます」

    挨拶をしたら、少しだけ許された気がした。

    気のせいである。


    【今回の戦績】

    ・被弾数(私) 6回
     (ドアノブ2、冷蔵庫1、コピー機1、引き出し1、天使1)
    ・被弾数(上司) 1回(巻き舌つき)
    ・被弾数(天使) 1回(おやつで和解)
    ・立てた仮説 4つ
     (却下1、半分却下1、継続審議1、避雷針説は欠陥品として降格)
    ・フランクリンとの比較 実験環境の安全性で私の勝利
    ・公称身長と実測の差 2センチ
    ・百円ショップでの出費 110円
    ・ブレスレット 手首が通らず棚に返却
    ・キーホルダーの使用回数 0回
    ・説明書を読んだ回数 0回
    ・ドアに挨拶した回数 1回
    ・私の後ろに並んだ人数 3人(全員、笑顔)
    ・ドア係としての勤続年数 本日で1日目

    私が撃たれ、上司も撃たれ、天使も撃たれ、会社は今日も無傷である。

    避雷針は、まだまだ現役である。

    ただし、アースはない。

     
     
    失恋したら東京マラソンを走り、会社が危なくなったら留学し、悩んだら泣きながらスクワットをする女です。 解決してるのか、してないのか、自分でもわからないまま、筋肉だけは貯まっていきます。 ままならない人生を、なぜか物理でねじ伏せようとする話を書いています。

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