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俄然やる気出た。

    そろそろnoteも書くのやめようかなぁ?
    なにも私が書かなくても〜
    なんて思いつつ「これで終わりかなぁ」という記事を目に止めていただいた。

    『エイトリンクス』という共同運営マガジンの仲間にお誘い頂き喜んで入れてもらった♡

    私の使事である「リンカー」の元になった『with Link』にもまさにLINKしていて運命を感じる♡


    読んで「面白い!」と思う記事を書く人との共通点が必ずあって、エイトリンクスの夕貴さんの記事の『雑誌 My Birthday』の文字が目に留まり読み進めると、全くもってスピリチュアルに対しての考え方、感じ方が同じ感覚だと思い、コメントをした。

    ちなみに『My Birthday』とは昔流行った占い雑誌で、心理テスト▪占い大好き女子の間で「マイバ」と略され大人気の雑誌だった。

    自己紹介

    ということで(どゆこと笑)
    ここへ来て自己紹介します。

    ただ今52歳。女子。高3の娘と2人暮らし。
    美容師。メンタル心理カウンセラー(民間資格取っただけ)。ただ今絶賛50肩真っ最中。

    小学6年の時に学校の卓球クラブで遊び、中学▪高校6年間卓球部。中学の頃に団体戦で北信越大会出場。8年ほど前に卓球を再開して、今年4月に大会を開催。
    大して上手くは無いが下手でもない。
    卓球教室の初心者▪中級者▪上級者のコースに分けたら上級者。

    姉、兄、私の3人きょうだい。
    私が9歳の時に父が癌で他界。享年45歳。
    母は現在86歳。美と健康が命。目標99歳。

    スピリチュアルな感覚

    父は私が5歳くらいの頃からだと思うが(記憶が曖昧)単身赴任で長野に住んでいたのでほとんど記憶がない。

    小学一年生の入学時に保護者が書かなくてはならない調査票があるが、地図が書けない母が父親に書かせていたのを覚えているのでその頃は一旦帰ってきていたのだろう。

    3月生まれの私は同じ学年の子供と比べて何もかも遅い。トロい。年少の時は保育所の先生が私のパンツを洗ってビニール袋に入れて持って帰らされた記憶がある。
    保育所に行くのが嫌でいつも泣いていたのも覚えている。

    全く喋らないじいちゃんと、働き者でいつも笑ってるばあちゃんも一緒に暮らしていた。
    ばあちゃんは面倒見が良くておおらかで大好きだった。

    その頃の記憶で、ちょくちょくフッとよぎっていた情景がある。

    お迎えはいつもばあちゃんが来ていて、たまに近くの牛乳屋さんで待っていたりすることもあった。コーヒー牛乳を飲ませてくれるから私はその日が楽しみだった。

    ばあちゃんが来れない日は、母が迎えに来た。本当にたまになんだけど、母が迎えに来ることに凄い違和感を感じていた。

    家の隣に小学校があって、その隣が保育所なので私は特別に一人で帰っていいよと言われていたんだけど、母は親戚の家の仕事の帰りで自転車で迎えに来た。

    その自転車の後ろに乗っていた時の記憶。
    そのときの私の目線から見た光景。

    「この人誰だろう?」

    チャリの後ろに乗ってるからめっちゃ近いのに、ものすごく遠くにいるような距離を感じて「私のママじゃない気がする」っていう、なんとも言えない不思議な感覚を覚えている。

    初めて「死にたい」と思った

    8歳の時、小学3年の1年間。壮絶ないじめを受けた。いじめって生ぬるいもんではなく。男子3人女子2人からの暴力。

    この話はほかの記事でも書いたような気もするのでカッツアイ(割愛)( ΦωΦ )

    親に言ったら倍返しにされるのが怖くて言えず、先生は見て見ぬふり。
    幸い、今のようにメディアが発達していなくてどうやったら死ぬのか分からなかった。
    古い家だったから二階建てながら飛び降りても怪我する程度だなって思いながら洗濯物を見ていた記憶がある。

    またこの時も友達がものすごく遠くに見えるという不思議な感覚があった。

    毎日毎日殴られて泣いて、周りの子たちが集まって「大丈夫?」と言ってくれた。
    それに対して私は泣いて頷きながらも心の中で「大丈夫なわけないでしょ。本当は心配してないでしょ。」と思っていた。
    今となればそれがなんなのか分かるけれど、8歳の私には「近くにいるのに遠くに見える」感覚がとても不思議だった。

    「悲しい」という感情

    父が亡くなって、じいちゃんとばあちゃんも1年以内にバタバタと亡くなった。

    父が亡くなっていく姿を見ても「悲しい」という感情はなく、ばあちゃんが泣いているのを見て「初めて見た。ばあちゃんが泣いてるの」って、つられて泣いた。

    「人が亡くなる」という最初の経験が父親。
    でも『悲しみ』という感情は無かった。何年か後に「パパが生きていたらどうなっていたんだろう」と考えた時にようやく涙が出た。

    父親は単身赴任で接した記憶は数回。
    少なすぎるからか、小さい頃の事でも父親との会話は今でも全部覚えている。私のことをとても可愛がってくれていたのも記憶にある。
    じいちゃんが脳卒中で倒れたために急遽戻ってきた父は既に末期の癌。即入院。その後4が月も持たず逝去した。

    霊的存在が見えたりするようなことは無いので、具体的に「こんな不思議な出来事があったのよ!」っていう発表するようなことは無いけど、ちょこちょこと日々なんかしらの不思議体験的な事が起こってたりするんでは無いかと思っている。

    私の9歳までの紹介でした٩(๑>∀<๑)۶

    お喋りは上級者コースなんだけど
    文章は中級者
    SNSは初心者コースなので
    読みづらいかもしれませんが
    大目に見てください(⁎ᴗ͈ ⩊ ᴗ͈⁎)



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