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Photo byyolo_ai_

長女が旅立った日


    私のnoteにお立ち寄りくださりありがとうございます。

    candy@です。


    先月新居に引っ越ししたばかりですが、同居していた長女が昨日ここから引越ししました。

    実は私たちの引越しの前に、同居していた長女は一人暮らしを始めるつもりでした。

    予定外に私たちの終の住処が早く見つかって、思いがけなく今年の夏に引越しが決まったので、長女の引越しを少し延期してもらったんです。


    それはわたしの希望でもありました。


    せめて少しだけでも新居で長女と暮らしたかったからです。


    結果的には2ヶ月くらい一緒に生活できました。


    ご存知の方もおられるとは思いますが、私の長女はadhd です。

    なんとかお薬のおかげで今は仕事もできていますが、adhd だけでなく不安障害もあります。


    そんな彼女の一人暮らし

    もちろん心配する気持ちが無いわけではありません。

    でも今回の一人暮らしは彼女の夢を叶えるための第一歩なんです。

    (彼女の夢の話はここでは詳しくは書きませんが・・・)

    そのために長女は仕事も頑張って、お金を貯めて、自分でどうしても以前から住みたいエリアでマンションを探して、そこに住むことを決めました。

    どちらかと言うと憧れてたエリアのそこに住みたくて仕事や貯金も頑張ったようです。

    『目標が定まったから頑張れた』

    長女はそう言いました。

    私たちと実家で暮らすほうが金銭面でも生活面でも楽なんですが
    長女はそれよりも次の夢を叶えたくて旅立ちました。

    一人暮らしはその夢のためのファーストステップ

    私と夫も寂しくなりますが、長女の希望を叶えるためにできるだけのサポートはしようと思っています。

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    実は長女がadhd だと診断されたのは大学を卒業して就職したあとでした。

    就職して一人暮らしを始めたのですが

    学生時代と違って職場では色々なことについていけなくなり
    心身ともに壊れた時にクリニックでadhd と不安障害だと診断されたんです。

    長女にとっては職場での全てがとても辛い日々でした。

    私は長女から体の不調をいろいろ聞いていたので

    私は長女と内科やペインクリニック(とにかく身体中に痛みがあって)など何ヶ所も病院へ一緒に言ったこともありました。

    そして最終的に心療内科でADHDと不安障害だと診断されたのです。

    診断された時に正直、今までの疑問や不安が晴れたような気がしてホッとしたことを覚えています。

    不安障害のお薬が効いたのか嘘のように体の不調は改善されました。


    『もうこれ以上、頑張らなくてもいいんだよ、あなたのせいじゃないんだから』と私は長女に言いました。


    そんな彼女は会社を辞めて実家に戻ってきました。

    しばらくはゆっくり休むのがいいと私は考えていましたが

    会社を辞めて1ヶ月もすると今度は日系企業のアメリカ支社のインターンシップへ参加して

    当初は1年契約でしたがまた体調を崩して途中で帰国しました。

    本当に長女は色々と大変な経験をしています。

    でも長女はこのアメリカでの生活がとても人生での指針になったと話してくれました。
    だから決してアメリカへ行ったことは無駄ではなくてむしろ必要だったと


    長女はアメリカから帰国してからは、私たちと実家で暮らしながら翻訳やアルバイトの生活を送りました。

    今年に入ってやっと自分に合うadhdの薬に出会って(それまでのお薬は副作用がきつくて飲むことができませんでした)精神的にも落ち着いたのか、

    仕事も少しステップアップしたようでした。

    そして一人暮らしができるくらいのお給料をいただくことができるようになって、自信と希望が持てるようになって、

    長女の一人立ちという目標が叶う時がきたんです。


    いろんな障害を抱えている長女のことが心配でないはずはありません。

    お薬を飲み続けなくてはならないし

    本当なら一緒に暮らして見守りたいです。

    でも私たちも永遠に彼女を見守ることはできません。

    まだ20代後半の長女

    もし失敗したり壁にぶつかっても若いから大丈夫だと信じています。

    むしろ今

    『羽ばたきたい』

    と長女が思った機会に羽ばたく方が良いんだと自分を納得させました。

    長女の人生

    彼女の意志が最優先ですよね。

    もし何かあればいつでも帰ってこれる場所はここにあるから・・・


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    自分では長女の今回の旅立ちを心から応援していたつもりでした。

    そして明るく『いってらっしゃい、体に気をつけて、無理せんときよ。』と笑顔で昨日は見送ったんです。

    けれども

    夕方になって、がらんと静まりかえった長女が使っていた空っぽになった部屋を見るともう涙が止まらなくなって

    夫の前で大声でワンワン泣いてしまいました。

    シクシクなんてかわいいものじゃなくて

    オイオイと泣きじゃくってしまいました。

    本当に旅立ってしまったんだと実感したから


    『私はあの子にちゃんと寄り添ってやれたんだろうか?』

    『もっとあの子にとって良い生き方を見つけてやれなかったのか?』

    『もっとできることがあったのでは?』


    反省ばかりが心にこみ上げてきて・・・


    夫にも私の気持ちを吐き出しましたが

    『君はいつも頑張って良くやってたよ

    娘たちは君のことが大好きだよ』


    夫がそう言ってくれても

    私の中でやり残した気持ちがやっぱりあるんです。

    戻れるならもう一度娘たちとの関わり合い方をやり直したい気持ちでいっぱいでした。


    でもそれは叶いません。


    だからこれからのことに目を向けようと決めました。

    遅いかもしれないけれど

    過去を悔やんでも何も変わらないですよね。

    現在と未来に向かって行動しようと決心しました。


    私が泣きじゃくっていたからでしょうか。

    滅多に長女に電話しない夫が(いつもわたし経由で娘たちの様子を知ろうとするのに)

    昨晩、引っ越しした長女に電話をかけていました。

    『カーテンつれたか?ゆっくり荷ほどきすればいいで、

    美味しいご飯食べたくなったらいつでも帰っておいで、待ってるから。

    パパも一人暮らしした時、よく実家でご飯食べてたし、洗濯物も持って帰ってたから、親には甘えたら良いんやで。』

    と優しく話していました。

    私は長女の声を聞くと泣いて止まらなくなるのがわかっていたから

    電話には出れませんでした。(長女に心配かけたくなくて)

    後からそっと彼女の好きなスタバのギフトクーポンを送って

    『これからの新しい生活をエンジョイしてね』

    とメッセージを送りました。

    『うん!ありがとう!』と返ってきたメールを読みながら

    これで良かったんだと自分に言い聞かせながら


    私にとっての子育ては自慢できるような立派なことではありませんでした。

    どちらかというと私のように未熟な母親に育てられた娘たちが、ここまで立派に育ってくれて感謝したい気持ちです。

    娘たちへ

    ママももっと学んで成長したいと思っているから

    これからもママをよろしくお願いしますね。


    引っ越ししたとはいえ、引っ越し先は同じ市内なんですけどね(笑)
    やっぱり私って過保護なんでしょうか〜


    ここまで読んでくださりありがとうございました。

    感謝しています。









     
     
    映画や海外ドラマが大好きなアラ還🌈noteで出会う人と色々な交流を楽しみたいです😝還暦過ぎてもまだまだ人生模索中🍀更新はゆっくり不定期です〜ミルクでは映画や海外ドラマ、読んだ本の感想も書いていますhttps://note.com/brave_zinnia931

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