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美容師になりたいわけじゃなかった

    「別に美容師になりたいわけじゃなかった。」

    我ながら思う。
    なぜ美容師を目指したのだろうかと。
    子どもの頃の私からは到底予想がつかない。


    美容師を志す人の中には、親が理美容師だからという理由は結構多い。やはり身近な人がやっている仕事というのはカッコよく見えるものなのだろう。

    我が子も「美容師になりたい!」と言ってくれることもある。嬉しい限りである。

    しかし、私の両親は美容師でも理容師でもない。親戚に美容師になった従兄弟がいるらしいがほとんど接点はない。


    また、美容師といえばオシャレで華やかなでコミュ力が高い人のイメージもあるだろう。

    私はといえば、幼少の頃から平凡で標準で一般的なごくごく普通の人間である。

    コミュ障という程ではないが人見知り。
    試験では200人中100位くらい。
    もちろんクラスでは目立つ存在ではない。
    モブキャラもいいところ。


    そんな美容師とは縁遠い私はいつから目指すようになったのだろうか?


    ・・・・・・・・・・

    小学5年生。

    将来の夢を発表する時間があった。

    1クラス40人の生徒が3列に並び「僕の将来の夢は○○です!」と大きな声で叫ぶ。

    他のクラスメイトが「プロ野球選手です!」と言っているのを聞いて、僕もプロ野球選手と言った。とりあえずそう言っておけば間違いないだろうと思った。

    野球なんてやってない。子ども会のソフトボールチームで9番ライトになったくらいだ。

    現実的・非現実的問わず、特になりたいものはなかった。


    ・・・・・・・・・・

    中学ニ年生。

    中ニといえばヒゲが伸び始めて自分で剃ってみたり、ジェルをつけて前髪を立たせてみたり「カッコつけ」てみたくなる年頃であり、「悪い事」もしてみたくなる年頃である。

    家に「ミストブリーチ」が無造作に置いてあった。おそらく姉が買ったのだろう。「茶髪になるもの」という認識だったと思う。

    茶髪にする事は中学生では「やってはいけない事」。だからこそ興味が湧いた。

    その思いのまま、試しに使ってみた。…とはいっても適当に2.3プッシュ髪に振りかけただけ。

    ビビったのだろう。

    しかし、このビビリは「先生に怒られる」や「姉に使ったのがバレる」というよりも「未知のものを使う勇気」が無かったという方が正しい。

    「明るくなったかも?」という期待と「あんまり変わらない気がする」という残念だけど安心もしている俺。

    ブリーチ特有のツンとした臭いだけが残る。


    その後も何日か気が向く度に2.3プッシュずつやってみた。結局明るくはなっていなかったはず。

    それでも「髪を染めた」という達成感はあった。


    とある日、クラスメイト田中君(仮名)との会話。

    「俺染めた事あるよ。」と話す。少し誇らしげな俺。
    「えー、齋藤君ってそんな奴じゃないと思ってた。」との返しに思わず「今は染めてないよ。」と返事をした。


    「カッコいい」とでも言ってもらえる事を期待していたのだろうか。「マズいかも?」と思い嫌われない事を優先した。友達が離れてしまう事を恐れた。

    結局その一言でミストブリーチはやっていない。影響されやすい年頃でもある。


    ・・・・・・・・・・

    高校一年生。

    普通の県立高校に入学。
    ワンランク上だとかなりの進学校だが、そこまでではない人が集まる学校。逆にヤンキーもいない。

    ごく普通の高校。普通の校則。


    夏休みになると中学3年生の時のクラスの同窓会があった。

    その会に病気で不登校だった鈴木君(仮名)も来ていた。久しぶりだなぁと感じたと同時に衝撃を受けた。

    彼は髪を茶色にしていたのだ。

    多分ブリーチで脱色しただけだろうが、当時の俺からするととてもカッコよく見えた。

    それを見て染めたい気持ちが湧き上がる。なんて影響されやすいのだろうか。


    今度はブリーチを買ってきて染めた(正確には脱色だが)。説明書に記載の「20分置くとこの色」を目安にして。

    一度染めてみたが色が変わってない気がして後日また染めた。それでもそんなに変わっていない気がする。やり方なのか時間なのか。


    夏休み明け。

    登校するとクラスメイトに「齋藤君!髪すげー茶色くね?」と言われた。さほど話した事のないクラスメイトにも言われた。

    思いの外明るかったらしい。
    (よくこんな感覚で美容師になれたものだ。)


    頭髪検査では引っかかり、担任の先生には「齋藤、お前どうしたんだ?」に加えて「はっきり言って似合わねーぞ?」とまで言われた。

    まぁそれは俺が悪さをするタイプじゃないと思っての「もうやるなよ」という優しさだと解釈しておこう。

    この件に関しては全く後悔していない。


    ・・・・・・・・・・

    高校二年生。

    この年、X JAPANのhideさんが亡くなった。中学生の頃から聴いていたのでショックだった。

    (Hide with Spread Beaverの「ROCKET DIVE」は今でも最高の曲だ。)

    訃報があると生前どのような人物だったのかも話題になる。ミュージャンとしてはもちろんだが、骨髄バンクのドナー登録や難病の少女との関わりなども取り上げられていた。

    そしてhideさんが「美容師」だった事を知る。トップアーティストなのに美容師の資格も持っているなんて…。

    「美容師=カッコいい」を連想させる効果は絶大だった。


    それからというものヘアカタログやファッション誌に目を通す機会が増えた。髪型に対して興味が湧いた。

    自分の髪を自分で切る事も増えた。新聞紙をひき、安物のスキバサミでザクザクと切っていく。合わせ鏡をしたり、手で触りながら感覚を頼りに切っていく。

    おそらくおかしな髪型になっていただろう。でも切る事で髪型が変わる事に楽しみの方が上回っていた。


    ・・・・・・・・・・

    高校三年生。

    進級すると同時に進路について考えるようになる。

    「なりたいもの、なりたいもの…。」と考えるが特に思いつかない。

    「美容師」の道以外は。


    真っ先に思い浮かぶのは美容師であり、唯一やってみたいと思ったのが美容師だった。



    そしてそのまま専門学校へ行き、美容室へと就職する事になる。


    ・・・・・・・・・・

    「別に美容師になりたいわけじゃなかった。」

    なると決めたのは高校三年生。

    でも思い返せば中学二年生の初めて髪を染めたあの日から少しずつ美容師になる道を選んできたのだろう。


    現在。
    私は美容師として20年の経歴になった。


    お客様のカットをして、お金ももらえて、「ありがとう」も言ってもらえるこの仕事。

    美容師になって良かったと思うには充分である。


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    「続けていこう!繋いでいこう!」 note3年目。美容師歴20年。ヘアケア記事とエッセイが好評。本アカウントはAmazonアソシエイト・プログラムに参加しています。

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