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小説「実在人間、架空人間」第二話

     皆一様に視線が横に流れた。私もそれに合わせて右に向く。

     黒のスーツ姿の男がそこに立っていた。

     肘を落とし、両手は前方にこちらに向けられていて、両手に握られているのは一丁の拳銃。折り返されたシャツの袖から覗く腕時計が、鈍く光る。

    「お前らは誰だ」

     拳銃を持った男が、警戒した様子でそう言った。

     暫しばしの沈黙。

     非現実な状況からの、銃という非現実を突きつけられ、脳が状況を整理するのに時間がかかった。日本は銃社会では無い為、皆の反応も薄い。勿論、銃社会であっても、単独所持にはそれなりの資格が必要である為、持っていて当たり前では無いのかもしれないが。

    「どうせ玩具おもちゃやろ?」

     そう言って、少し驚いた様子で眼鏡のブリッジを上に押し上げた。

     これが銃社会に生きていない日本人の思考。──当然だ。

     少なからず、私も見慣れないこの光景。銃口をこちらに向けられているという状況よりも、突如現れた男に驚いたといった所だ。

    「試してみるか?」

     野太い声、銃口が眼鏡の青年に向けられる。その迫力に青年もたじろむ。

    「私達はここに居ただけよ、あなたと同じ様にね」

     制止するように、女が男を宥なだめる。

    「ここは何処だ」

     後退りながら、男の銃口が往復するように私達に向けられていく。

    「ここが何処かはわからないわ」

     女がそう言うとさらに続けた。

    「私は都内でフラワーショップをやっているの。今日もただいつもの様に、ネットからの注文を整理していたところよ。休憩がてらに外に出ようと身支度していたら、辺りが渦を巻いてこの部屋に居たわ。あなたはどうなの?」

     男はその問いに答えなかった。

    「あなたも私と同じ様に、ここに来たんじゃないの?」

     往復していた銃口が止まり、ゆっくりと腕を下げていく。

     腕を下げきったところで男がまたも、

    「……ここは何処なんだ」

     と、再度自分に言い聞かせるように言った。

    「……ぷっ、はは、あんたさ、さっき私が言ったでしょ、ここが何処かはわからないんだって」

    「あ、いや、俺は」

    「まあいいわ、あなたは一体何者なの、銃何か持ってさ」

    「そうや、銃何て持ってるんわ、警察か、それかやばいやつしかおらんで」

     男が右脇腹付近のスラックスの中に無理矢理ねじ込むようにして銃をしまうと、バツが悪そうに、右こめかみを搔きながら、一歩、二歩と、こちらに歩み寄る。

    「あー、俺は、察しの通り刑事だ、驚かせて悪かった」

    「へー、初めて見たわ、刑事さんか、おもてたより何か迫力あ……」

    「あなた本当に刑事さん?」

     女が青年の言葉をさえぎるように男に問いかけた。

    「銃を無造作にズボンの中に突っ込むなんて、何て言ったかしら、ホルスターだったかしら、銃を入れるベルトのような、それを付けている感じもしないし、刑事さんは普段から銃をぶらぶら持ち歩いてるの?」

     それを聞いて男は「ははっ」と笑った。

     それを見て女は怪訝けげんな顔で男を睨んだ。

    「あなたはドラマの見すぎだ。刑事ってのはな、基本は内勤で普段は持ち歩かない。銃を携帯する時は緊急時のみだ」

     私はそうなのかと納得しかけたが、しかし、やはりホルスターがないのは違和感がある。仮に緊急時にしか携帯しないとしても、銃をそのまま持つ理由が思い浮かばない。

    「俺は先崎っていうんだ。ほら……」

     そう言って男が内ポケットからチョコレート色の手帳を取り出し、片手で折りたたむようにして中身を私達に見せた。どうやら警察手帳であるらしかった。

     パカッと開いた上部には、顔写真と階級、氏名、職員番号等が記載されていて、カード型身分証明書のある証票しょうひょうの中央には、警察章である旭日章きょくじつしょうを象かたどってあり、虹色に光るシールが張られていた。

     名は大道だいどう、先崎大道せんざきだいどう。

     顔写真を見比べても、知識としてこの手帳が本物か偽物であるかはわからないが、本人の物である事は間違い無かった。

    「じゃあ、あれか、拳銃持ち歩いてるんわ、ここに来る前に何かやばいことあったいう事か」

    「まあ、そうだな」

     男が手帳を内ポケットにしまう。

    「俺もそこの女と同じで、勤務中に辺りが渦巻きながら消えて、ここに居たってところだ」

    「あー、そうなんや、まあ俺はその渦が巻いていくってのは無かったんやけどなぁ」

     男が「ところで」と一旦区切ってから、

    「俺の自己紹介は終わったから、君達が何者なのかを聞かせてくれないか。何と言うか、この不気味な部屋で互いを知らないってのは、気味が悪いんでね」

    「それもそうね」

     皆も語らずとも、その意見に賛成のようだ。

    「じゃあ、俺からいくで」

     そう言って眼鏡のブリッジをクイっと上げた。

    「俺は松葉弘幸まつばひろゆき。年齢は二十四歳で、職業はフリーランスで主にライターやっとってー、それで趣味はー……」

     松葉……。何故だろう、聞き覚えがある。というより聞き馴染みがある。そう思っていたところ、突如視界が霞かすみ、意識が朦朧もうろうとしてきた。

    「ちょっとあんた。あなたの趣味なんてどうだっていいわ。こんな馬鹿げた状況でマッチングアプリでもやってるつもり?」

     一体何だこの感覚は。立っているのがやっとだ。

    「え、ちょっときついな何か。じゃ、まあ、以上で」

     視界もぼやける。

    「俺の紹介も終わったし、次誰か言ってな。って兄さん大丈夫か、何かふらついてるけど」

    「……」

     言葉が出てこない、声が出ない。

    「えー、無視かー」

     駄目だ、意識が遠のいていく。

    「ほんま何かここに集まってるやつってへんなんばっかやなー」

    「一番変なのはあなたよ」

    「うるさいねん、俺からしたらあんたが一番……」

     そこまで聞いて視界がシャットアウトされた。

     黒い。

     これは瞼の裏の色なのだろうか、それとも目はしっかりと開いていて、この白い世界が目に写っていないだけか。

     体の力が一気に抜けていく。考える事さえできない。

     脱力していく肩、腕、両膝が落ちていく感覚を最後に、私は意識を失った。






    次回▷ 「第三話」


    ◁前回 「第一話」


     
     

    伊藤

     
     
    AIバブルがそろそろ弾けそうなのと、少々情勢が情勢なので暫く様子をみます。短い期間だけ中止して、少ししたらまた書き始めます。

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