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”非喫煙者”と”喫煙者”それぞれに対する配慮広告 +

     以前、添付のような新聞全面広告がJT(日本たばこ産業)社により掲載されているのを目にしました。一瞥したところでは、いつものように、丁寧で、各位の立場に寄り添うような表現で綴られているとの感想を抱きます。※画像を付けましたが、別に読もうとしなくてもよいですよ!

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     ただ、この領域の問題に関して長らく客観的な本質追究をしてきた当方には、”引っ掛かる”要素が満載です。相も変わらず上っ面だけの理解にしか及んでいないことの典型例であるように思います。

     【(本稿の表題のように)二系統に分別している】という点と、中で言及されている次の語句、【屋内】【食事】【たばこの煙】 --- 。分煙に関する空回り議論がなされている際の常套句なのですが、何が”本質違い”なのか、当該テーマにご興味ある方は是非とも続きをご覧くださいませ🙇

     

    ◆◈◆◈◆◈◆◈◆◈◆

     

    【タバコへの関与程度】

     最低でも6つに分類されると思っています。

    ①根っからの愛煙家
    ②喫煙するけれど他人の煙は好きではない
    ③煙が全く気にならない
    ④煙を好まないけれどまぁ別に耐えられなくもない
    ⑤嫌煙者
    ⑥煙で体調悪化など深刻

    --- それを【ふた括り】にして、まぁ「せざるを得ない」のは仕方ないのかも知れませんが、大雑把にしている様相では本質の議論にはなり得ません。④と⑤の間で線を引こうとするのでしょうが、『①とそれ以外』とで大きく二分した後に、②~⑥ではそれぞれ大いに事情が異なる点を意識する必要があります。

     

    【屋内】

     ⑤の人は、飲食店での例を軸として、『屋内全面禁煙』をゴールに声高に叫ぶばかりという実状ですが、”限定”して訴える着想が理解できません。自身の「受動喫煙リスク」は、万人が制限無く往来する『屋外』の方が多いはずでは?

     

    【食事】

     「外食」の点では店を選ぶ権利は個人にあります。①が集まっている/好んで過ごしてきた場所のことにわざわざ⑤が口出しして追い出さなくとも、他の快適な食事場所を選ぶことができます。
     前項から繋がりますが、①にとっての既存の快適空間を奪って屋外に放つことで、(全体の発煙量に変化はないので)本来はまだマシであったはずのエリアへとシフトされ、「受動喫煙リスク」がかえって高まります。
     ⑤や⑥が否応なく通る/避けられない空間が、より酷いことになっているケースは既にいくつも見られます。

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    【煙】

     ⑤や⑥が回避したいのは、喫煙者が持つタバコの先から立ち昇る煙に限定、では決してありません。有害物質やニオイ、成分そのものである筈です。「吸っている人の姿」に不平不満を言うのだとしたら本末転倒。だから、『三次喫煙』という用語を狭義化することなく、

    ◆喫煙者が居た場所に残存する空気
    ◆喫煙場所で火を消した後の数十分間の呼気
    ◆喫煙者の身体から出て染み込んだ衣類

    も、重度の差はあれ『本質的な分煙』としては同等に捉える必要があります。

     

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     『全ての人にとっての平等』は目指すべきところですが、そう簡単にいくものではありません。ただし、闇雲に排除を訴えたり、配慮をしているフリをしているだけでは、本当に困っている⑥の存在を無視した、ただの利権争い・自我の押し通しでしかないように感じます。

     

     一般的な目線で評価され得る『分煙施策』は、⑥にとってみれば愚策であることが多い

    のです。

     

     

     

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    会社員をしながら〔本質把握〕と〔合理性追求〕に日々明け暮れ、気になったことを書いています。と言っても、専門的な難解なものではなく、今よりもう少し「モノゴトを別の角度から見てみる」という心掛けが広まればいいのになぁ、との願いを抱きつつ、”気付き”の提案をしていきたいと思っています。