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釜めしとアジサイとイケメン四天王ー當麻寺は見どころの宝庫だった!

    今回は當麻寺たいまでらの秘仏公開に訪れたレポートです。

    つい三日前も篝の舞楽でお会いしたばかりですが、お供していただいたのはやはり岡埜さんです。

    岡埜さんとは「推し活」が共通しているだけでなく、お互いに同じ沿線に住んでいるため、先日の観心寺の秘仏公開もそうでしたが、目的地が沿線上にあれば、スムーズな合流が可能なのです。

    共通の関心事を持ち、物理的な距離も近い存在は、非常に得がたい大切な仲間だと思います。

    當麻と当麻

    早速ですが意見をひとつ。
    「寺」と「駅」、読みはどちらも「たいま」ですが、1字目が「當」と「当」で、それぞれ旧字体と新字体の表記ですが、どうせなら統一すればよかったのでは?

    駅名も堂々と旧字体で表記すべきだと思うのです。
    読みにくいからというのは余計な心配で、むしろ旧字体のままの方が伝統と歴史を感じて當麻寺の最寄り駅には相応しいと思います。

    現に住所は「當麻」が使われているので、この地域に根付いた表記であることは確実です。
    時代は変わっても、伝統と格式を伝え遺すためには、旧字体のままで統一すべきではなかったか?

    さっそく文句を言ってしまいましたが、私たちは「当●麻駅」で下車して「當●麻寺」へと徒歩で向かいました。

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    「釜めし 玉や」の”せんどめし”

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    この日は「釜めし」を食べるという、もう一つの楽しみがありました。
    駅から参道沿いを15分ほど歩くと、ほぼ仁王門前にそのお店はありました。

    なんせオーダーが通ってから炊き始めるので、30分はかかるらしく、段取り●●●重視の大阪人は、ためらいなく予約を入れておきました。
    美味しいと評判のお店なので、當麻寺の鑑賞と同等、いやそれ以上と言っても過言ではないほど心待ちにしていました。

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    古民家を改装?
    すごく雰囲気のある店構え。

    ”せんどめし”って何?

    ホームページのお品書きにある”せんどめし”という耳慣れない言葉があります。

    なんとこの言葉は「釜めし 玉や」の登録商標で、釜めしセットとその食べ方を指す言葉との事です。
    そもそも「せんど」は奈良県のこのあたりの方言で、「何度も」という意味で「千度」も食べたくなるということからきているようです。

    登録商標されているぐらいなので、その食べ方も以下の通り、ちゃんと流儀があります。

    一、釜の中にはお茶碗3杯分ぐらいのご飯。
    二、全体を底からざっくりと混ぜる。
    三、1杯目ーこちらはそのままで味わう。
    四、2杯目ー温泉玉子で玉子掛けご飯風に。(お醤油は掛けず、佃煮を混ぜて)
    五、3杯目ーお出汁とお葱を掛けて出汁茶漬け風に。

    「釜めし 玉や」店長の自己紹介より要約

    まるで名古屋の「ひつまぶし」の釜めしバージョンです。

    三杯分のご飯と聞いた時点で、「中高生の男子やないんやから💦」と心中でツッコんだにもかかわらず、いとも簡単に平らげてしまいました(笑)

    こういう風に味変させることで、普段は絶対に食べれない1合のごはんが、何の苦も無く、むしろスルスルとお腹に入ってしまいました。

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    私は「大和牛時雨煮せんどめし」
    岡埜さんは「大和肉鶏 せんどめし」

    もしご飯が余ったら持ち帰りOKのようですが、絶対に大丈夫!余りません。さぁて、次に来たときはどの”せんどめし”にしようか??


    この日は「中之坊」がお目当て

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    そもそも今回の訪問目的は「中之坊」において様々な秘仏特別公開があるからです。
    以下の通りの公開で、印象に残ったものだけに感想を添えています。

    ・「焼損菩薩立像」平安時代
    平家に対する反乱と南都焼き討ちにより、黒く焼き焦げ自立さえできない状態。
    今回、修復されたものの、お姿は痛々しい。(画像はこちら)

    ・「石造十一面観音立像」室町時代
    平安京の羅城門跡あたりで発見。希少な中世の石仏。
    風化して丸みを帯びたことで愛らしさ倍増!(画像はこちら)

    ・「如意輪観音坐像」平安時代
    う~ん。これは観心寺の秘仏の方が勝ち!(画像はこちら)

    ・「導き観音」こと「十一面観音立像」平安時代
    中将姫ちゅうじょうひめ剃髪堂の一番奥に鎮座。
    近寄れなかったのでよくわからないが、バランスの取れた立ち姿。
    (画像はこちら)

    片桐石州せきしゅうと「香藕園こうぐうえん」

    ここで記憶にある名を目にしました。
    現在の景観に改修したのは片桐石州せきしゅうとのこと。
    2年前、法隆寺近郊の「慈光院じこういん」も彼だったことを思い出しました。

    片桐…と言えば、豊臣家家臣の「賤ヶ岳の七本槍」の一人・片桐且元かつもとが浮かびますが、石州はその甥にあたります。
    彼は江戸時代初期に知られた大名茶人で、茶道石州流の祖です。
    「慈光院」もそうでしたが、茶の湯を極めた石州らしい美意識が、庭園の随所に感じられます。

    それもそのはず、111代・後西ごさい天皇の行幸に合わせて改修したもので、書院や茶室から庭園をいかに美しく観賞できるかを計算して設えたものなのです。

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    茶室「丸窓席」

    「心」というカタチの池「心●字池」を中心に飛び石や植栽を配した回遊式庭園。
    国宝の三重塔を借景にするとは、心●憎い演出です。

    その心字池には、早朝に開花し、午後には閉じてしまうはずのスイレンが咲いている姿に出会えたのはラッキーでした。

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    庭園名の「香藕こうぐ」は|ハスを意味し、
    夏にはハスやスイレンが咲き誇る。

    こちらの庭園は、上記の大和郡山の慈光院、吉野の竹林院群芳園と共に「大和三名園」に数えられています。

    アジサイ祭り

    そんな「香藕園こうぐうえん」を散歩してみると思いがけず出会ったものがあります。
    有名な牡丹の時期はもう終わっているので、花の鑑賞は諦めていたのですが、すっかり忘れていたアジサイが花盛りだったのです。

    本当に季節の花の満開は期待しすぎると裏目に出るのか、狙って見られるものではありません。
    今回のように他の目的で来た時の方が、思わぬ見頃に出会えたりするものです。

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    私はコロンと咲く手まり咲きのアジサイより、上記画像の下段やサムネイル画像のような、球体を縁取るように咲く「ガクアジサイ」の方が好きです。
    特徴的な咲き方ですが、実はこちらの方が日本原産の伝統的な日本のアジサイです。

    この庭園には圧倒的にこのガクアジサイが多く、小径を覆うように咲き乱れていました。

    創建当時からの東塔と西塔

    さて、上記のスイレンの咲く池の借景は「東塔」です。

    実は當麻寺では、東と西の三重塔が2塔揃って、創建当時から残る唯一の寺院なのです。
    中之坊の門を挟んで直線距離にして約100mの位置に堂々とありました。
    もちろん、ともに国宝です。

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    近づいて見ることはできなかったのですが、全体的にどっしりとした造りで、時代による建築様式の違いも感じます。

    素人がわかる見た目の特徴として、相輪最上部の水煙すいえんが魚の骨のように左右に膨らんだ形をしているところです。

    西塔の方が約1m高いそうですが、並んで見るとほとんど違いは分かりません。
    再建ではありますが「薬師寺」の双塔に比べると約10mも低い。
    しかし、歴史の重みのせいでしょうか、その差が感じられないのが不思議です。

    金堂のイケメン四天王

    先日、篝の舞楽でつきふねさんからここの「四天王」はカッコイイということを聞いていたので、ぜひとも鑑賞したいと思っていました。

    なるほど、確かにバタ臭い顔です(笑)
    西洋人のようですが、中近東の顔立ちのようでもあります。
    少なくとも東洋系の”平たい顔”ではなく、凹凸のある顔立ちなのです。

    飛鳥時代の作品なので派手なポーズではありませんが、同じ時代作の法隆寺のものに比べると衣装の表現は繊細です。

    私が最も注目したのは、唯一鎌倉時代作の多聞天像。
    特に踏まれている邪鬼が素晴らしい!
    右足をピーンと伸ばして、全身で痛みに耐えている様子が表現され、今にも「ぎぇー!」という悲鳴が聞こえてきそうなほどでした。
    (画像はこちら)

    中将姫伝説

    當麻寺を語る上で、中将姫の存在は欠かせません。

    参道にはその名を冠した名店「中将餅」があるほどですが、あいにくこの日は定休日。
    楽しみにしていただけに、食べられなかったことが悔やまれてなりません。

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    御朱印帳の「はさみ紙」は中将姫の手描きイラスト。

    その伝説は以下の通りです。

    藤原鎌足のひ孫の豊成の娘・中将姫が継母の迫害を乗り越えて出家し、わずか一晩で極楽浄土の様子を描いた「當麻曼荼羅」を織り上げ、生身のまま極楽浄土へ旅立ったという悲劇的で神秘的な伝説。

    ざっくり要約

    しかも蓮の糸を集めて織りあげたため、別名「蓮糸曼荼羅」とも言われています。

    本堂には中将姫の當麻曼荼羅(複製)がご本尊として祀られ、その厨子ずしは奈良時代(天平時代)のもので国内では最大で最古のもの。
    須弥壇しゅみだんは鎌倉時代作で、螺鈿細工が見事でした。
    いずれも堂々たる国宝です。

    曼荼羅がご本尊だということは真言宗だと思いがちですが、珍しいことに浄土宗との2宗並列です。

    平安時代には真言密教の寺院となり、さらに南北朝時代には浄土宗の信仰も加わったことで、現在の2宗並立という珍しい形になりました。

    2宗並列なんて初めて聞きましたが、神仏習合も当たり前の民族なのですから、有り得ることなのかもしれませんね。

    御朱印とご詠歌

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    左「弥勒堂」右「導き観音」
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    左はご詠歌 右「蓮糸曼荼羅」

    ~極楽を 何処いづくと問はば
    大和なる 麻呂子まろこの里に 行きて尋ねよ~

    「極楽はどこにあるのかと尋ねるなら、
    大和の国の麻呂子の里へ行って探してみなさい」

    極楽が、ほんの近所のように言っているところは面白いです。
    つまり、極楽は遠い西方浄土にあるのではなく、この當麻寺こそがその入口だと言っているのです。

    麻呂子とは用明天皇の第3皇子で、あの聖徳太子の弟にあたります。
    母が葛城氏でこの地との関りも深く、当麻皇子とも呼ばれています。


    特別公開期間だというのに、駅からの参道には参拝者らしき人は私たち以外に見当たらず、とても寂しいものでした。

    そのため、ひっそりとした古寺なのだろうと思っていたのですが、とんでもない。
    今、思い出しても様々な見どころがある寺院でした。

    他にも奥院などもあるので、また訪れたいものです。


     
     
    エッセイスト (主に読書、歴史に関して書いています。 1961年生まれ大阪府出身。読書好き。歴史好き。ハンドメイド好き。妄想好き。 著書「レキジョークル奥の枝道」シリーズ7冊目をただいま執筆中。<https://amzn.to/3vgIGz9>

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