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Photo byosu_ellie

子供を産み育てるという現実

    今さらだが、またも「少子化対策」から「年収の壁」へと議論が炸裂している。

    今回も結論なんて出ないかもしれない。
    いつもだが、早急に決めなくてはならない事が山積しているのに、結局は政党同士、あるは個人の足の引っ張り合いとなり、論点がズレてゆくように思う。

    一昨年の議員に無条件で支払われる事務費の100万円も、結局は「日割り計算」という事で決着した。

    決着??
    どこが?!

    と私なんぞは思ってしまった。

    そりゃ、真面目に仕事してたら、何かと経費が必要なのは当たり前だ。
    ただそのお金は私たちから徴収した税金であり、誰のものでもない公金なのだから、何に使ったかはっきりさせるのは当然のこと。

    使途不明金などあってはならない事だ。

    世の中の一般企業では、絶対に通らない話で、ちゃんと金額を明記した領収書がないと一銭も貰えないのが、当たり前の社会ルールではないか。

    どうしてそんな当たり前の事を、堂々と「できない」と言えるのか。
    「できない」ではなく「やれ!」と言いたい。

    そして、自分たちの非常識さに気付いてほしい。


    今回の「少子化対策」や「年収の壁」も岸田総理をはじめ、まったく世間知らず発言が耳に付いて仕方がない。

    「できない」
    の連呼で、今回もうやむやにならないことを願っている。



    お金バラまいて解決すると
    本気で思ってる??

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    先日、RINKOさんの記事を読んで、すごく共感した。
    そもそも子供を産んで育ててみたいと思える環境ってなんだ??
    そんな根本的な事を考えさせられ、総理にも読んでもらいたいぐらいの記事だった。

    決して一時的な支援金の支給で解決できるもではない。
    いったいそれをおぼっちゃま政治家たちはどこまで理解しているのだろうか?


    不安しかないのに子供は産めない

    RINKOさんのように、仕事に家事に、身を粉にして働いているお母さまを見て育ったら、そりゃ子供を産むのを躊躇うだろう。

    実際、子育てにはお金も手間もかかる。
    ちゃんと育てたいと思う人にとっては、なおさら敷居の高い話だ。

    確かに支援金としての10万円は一時的には助かるだろう。
    しかし、あくまでも一時的にとどまるもので、根本的な解決には程遠い。

    私には、本質を見ようとしない怠慢にしか見えない。


    家事と子育ては女性の仕事なの?

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    主人ができる家事はあくまでもお手伝い

    私にも大いに思い当たる事がある。

    私も定年を迎えるまではフル勤務していたのだが、主人は家事一切を基本的に私がするものだと当然のように思っていた。

    朝起きると、洗濯機を回して、朝食を用意して、洗濯を干して。
    仕事を終えると、買い物行って、夕食作って、洗濯ものたたんで片づけて。

    それだけで毎日が目まぐるしく過ぎていたが、これプラス息子たちの受験の時期などは、気が狂いそうなほど、いろんな事で頭がいっぱいだった。

    主人は言えばしてくれるタイプであるが、言わないとしてくれない。

    おまけに自分には料理はできないと開き直り、私がいないときは、迷わず外食かお弁当を買う。

    だから主人にとって、家事とは特別なお手伝いに過ぎず、日常的にするものではないのだ。
    これは今さらどうしようもない、彼の中では当たり前の事のようだ。


    家事をなめるな

    もう一昨年になるが、今はnoteをお休みされている「ぢぇい」さんの記事に、事細やかに家事をリストアップした記事に非常に共感したことがある。

    今、読み返しても、あらためてスゴイと思う。

    家事は重労働だ。
    これは真剣に向き合った事のある人しか理解できないだろう。

    そして主婦だけではなく、家族で取り組むべき事だとも思う。
    ましてやその主婦もフルで働いているならなおさらだ。

    炊事、洗濯、掃除という目立つ部分だけではない。
    他にも実に細々した仕事が山ほどあり、本当に座る暇もない。
    今でこそ息子たちが大きくなり、各自でしてくれる事が増えただけでも、非常に助かっている。

    主人を教育する事は諦めたが、せめて息子たちは自分の事は自分でするのが当たり前だと教育したつもりだ。



    矛盾だらけでは働けない

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    おまけに子供たちの小さい頃は、幼稚園や小学校での取り組みや行事などもある。

    ほったらかしの家庭もあるが、私には産んだからにはちゃんと自分で子育てしたいという信念があったので、それも真面目に取り組んできた。

    その時期は、私も専業主婦か、一日数時間のパート程度の仕事だったのだが、子供が中学生以上になると異常にお金がかかってきた。

    かかるとは思っていたがこんなにも??と思うほどだ。


    教育費かかりすぎ!

    学校にかかる費用だけではない。
    塾代がかなりかかる。
    夏期講習や冬期講習、春季講習などには特別な別途講習代を請求される。

    なんで塾へ行かないといけないのか?

    少なくとも高校受験の時に、私は塾通いはしていないのだが、どうも今の時代はそうではないらしい。
    塾は勉強するだけでなく、受験に関しての情報を仕入れる所でもあるようなのだ。

    う~ん。
    これって本来、学校がすべきことではないか。

    もっと言えば、日本の教育制度と公立学校側の情報収集がもっと充実していれば、塾に通う必要もなくなるかもしれない。

    学校自体も塾ありきだったようにすら思える。

    ここをツッコむなら、学校の先生たちの待遇改善も必要になってくるので、話はどんどん深みにハマるが。。。

    大学無償化も令和2年から実施されたとの事で、これだけでも進歩だ。

    大学進学こそ、高校の時とは比べ物にならないぐらいの費用がかかり、計算外だったのが、各大学への受験代だ。

    当時はだいたい一回につき3万円かかり、ワンシーズンに何回受けてもOKなので、10回受ければそれだけで右から左に30万が消える。

    「お金ないから一回だけね」
    という本音はあっても、塾や学校の先生から勧められ、本人にとっても生涯に一度のチャンスだと思うと、親としては捻出するしかない。


    子育て主婦が働きやすいしくみ

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    「年収の壁」撤廃に向けて

    早い話が、高校、大学ともなれば、身の回りの事は自分でできるし、勉強を代わってあげることはできないし、親としてはお金を用意するしかない。

    出来るだけ働きたいのに、そこに「年収の壁」が邪魔をする。

    そこで、社会保険の適用拡大して「年収の壁」を解消しようとしているようだ。

    低所得のパートでも扶養扱いを廃止して、全ての人に社会保険への加入を義務付ける方向になりそうだ。

    手取りの収入が減るものの、働く意欲さえあれば、勤務時間を延長させ手取り収入を増やすことができる。
    さらには将来受け取る年金を増やすこともできる。

    私としては、年金管理をちゃんとしてくれるかどうかの不安もある。
    過去に不正もあったので。。。

    長い目で見れば、国の年金制度は充実するだろうし、経済的にもメリットにある可能性もある。


    人生変化に対応できる意識改革

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    出産と育児

    世の中の会社は主婦には働きにくいところが多い。

    子供にはどうしても、突然の発病やケガもあり、急に休まなくてならない事が起こってしまう。
    それを大きな気持ちで許容してくれる企業はまだまだ少ない。

    それ以前に、出産に伴う育休なんて、私の若い頃にはまったく認知度もなく、許されるような空気はなかった。

    女性は常に損だったのだ。

    結婚しただけでは大きな変化はないが、出産ともなればいったん退職しなければならない空気があった。
    せっかく正社員としてのキャリアを積み上げてきたというのに、「出産」を機に全てを失ってきた女性も多いのだ。

    それは会社側だけではなく勤務する側も、遠慮する気持ちが大きかったのもある。

    社会全体が、出産・子育てにもっと寛容な意識を持たなくてはいけないと思う。
    制度の改革とともに、みんなの意識改革こそが一番大事なのかもしれない。

    それに付随して、「保育所問題」もあるのだが、とにかく、「少子化対策」
    と一言に言っても、問題は芋ずる式に果てしなく終わりがなく、人口減少は食い止められないだろう。


    定年退職

    最後に余談になるが。。。

    子育ても終わり、プライベートでの制約がなくなったら、今度は定年という時期に近づく。

    今では65歳のところも多くなってきているが、私が最後に勤めた会社は「60歳定年」だった。
    もちろん、強制的に辞めさせられるのではなく、社員扱いではなくなりパートでよければ残ってもいいという。

    これにも矛盾を感じた。

    収入とは「評価」である。
    金額の問題ではなく、60歳を境にどうしてガクッと評価を落とされなくてはならないのか?

    世の中は人手不足だと聞くのに、これはおかしい。

    60歳といえども、何も変わらないし、働く意欲もあり、ましてや子育て世代のように急に休む事もなく、その穴埋めにもなり安定して業務に取り組める「黄金世代」なのだ。

    しかも培ってきたキャリアもある。

    確かに、若い世代を入れて社内の空気を入れ替えるという意味では、古い人間は出ていくべきかもしれない。

    しかし、せめて年金がちゃんと受け取れる65歳ならまだしも、本人がまだ能力があれは70歳にしてもいいようにも思う。

    私も、この時点で究極の選択を強いられて、定年退職を選んだ一人ではあるが、「評価」を下げられるのではあれば、自分のやりたい事を選択する人も多いのではないか。

    「人手不足」を言うのなら、この辺りの意識改革も必要だとも思う。







    【参考文献】
    ・年収の壁をどう乗り越えるのか


     
     
    エッセイスト (主に読書、歴史に関して書いています。 1961年生まれ大阪府出身。読書好き。歴史好き。ハンドメイド好き。妄想好き。 著書「レキジョークル奥の枝道」シリーズ7冊目をただいま執筆中。<https://amzn.to/3vgIGz9>

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