
川と自転車――野山に漂う深遠の靄 4Days/Day3
野山に漂う深遠の靄 4Days
MC:ミライ
読むつもりのなかった本ほど、気づけば時間を持っていく。
棚の端の一冊
編集部へ立ち寄ったミライは、棚の端に見慣れない本があることに気づいた。
『遠野旅日記』
「これ、何だろ」
手に取って表紙を開く。最初の頁には、小さな付箋が貼られていた。
《みんなへ。面白い本を見つけました。――サエコ》
「サエコさんからか」
頁をめくる。
第一話――『馬と娘』。
第二話――『山と軽トラ』。
その次で、指が止まった。
第三話――『川と自転車』。
「川と自転車?」
時計を見る。急いで帰るほどでもない。
「……ちょっとだけ」
ミライはソファへ座り、頁を開いた。
遠野旅日記 第三話 川と自転車
記録者:黒戸 聖
翌朝、「民宿 はやちね」を出たのは、九時を少し回った頃だった。
昨夜、小野寺さんに勧められた地酒を二杯飲んだ。
二杯目は断るつもりだったが、絶妙な間合いで、二杯目が注がれた。
朝食の席でそのことを女将に話すと、
「だから言ったでしょう。この人の一杯は信用しちゃ駄目だって」
と笑われた。
当の小野寺さんは、
「二杯くらいで大げさだべ」
と納得していなかった。
幸い、頭は痛くなかった。
玄関で靴を履きながら、今日の予定を話した。
「昨日の話を聞いたので、カッパ淵を見てから帰ろうかと思ってます」
「ああ。行ってみりゃいい」
小野寺さんはそう言ったあと、
「ただな」
と付け加えた。
「昨日も言ったけど、『遠野物語』に出てくる姥子淵の話と、今みんなが見に行くカッパ淵は、同じ場所ってわけじゃねぇからな」
「そこは混同しないようにします」
「観光で見るなら、カッパ淵でいいんだ。今の遠野で河童っつったら、あそこ思い浮かべる人も多いからな」
女将が奥から顔を出した。
「帰りの時間だけは気をつけてくださいね」
「はい。お世話になりました」
「また来な」
小野寺さんが言った。
私は二人に頭を下げ、「民宿 はやちね」を出た。
空は明るかったが、空気は冷たかった。
昨夜は闇の向こうにしかなかった山が、朝になるとすぐ近くに見えた。