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恋愛関係より親友になる方が難しい?

    現在も?、男女をめぐる問題として、男女の間で友情は成立するのかは、永遠のテーマとして議論されていると思っていましたが、これに関しては、心理学的な結論が出ていたんですね、知りませんでした。

    詳細は、以下のサイトを参照下さい。

    「恋愛関係より親友になる方が難しい」幸せな夫婦生活には男女を越えた友情が大事

    https://beat0909.com/wakuwakublog/lifestyle/renaikankei/

    ポイントは、以下の通り。

    ・多くの先進国が共働き社会に変わっていく中で、従来の夫婦の絆は脆弱化。

    ・心の癒しであった家族生活はもはや安らぎをもたらすものではなく、家庭の職場化が始まったと考えられる。

    ・家庭への意識が変わることにより、今後結婚生活を送る上で大切なことは一緒にいて楽しいということだと考えられる。(理解出来ないものであっても、最低限尊重する。一方楽しさを共有できるものについては目いっぱい一緒に楽しむ。そういう関係を、今後とも末永く続けていければいいなあ、と。そんな風に考えてみる。)

    ・一緒にいて楽しい関係とは、特定の人と関係を続けることによって得られる情緒的な満足があるからこそ維持される関係であり、それは飾りのない自分らしくいられるもので、夫婦が共同生活者として互いに尊敬と喜びを分かち合った時に育まれるものである。

    <参考資料>

    一緒にいると楽しい人に共通する10の特徴

    https://tabi-labo.com/217142/there-and-fun-people-together

    一緒にいて楽しい人とは?一緒にいて楽しい男性・女性の特徴まとめ

    https://men-joy.jp/archives/387184

    「一緒にいて楽しい」と「好き」は違う?一緒にいて楽しい人との恋愛

    https://men-joy.jp/archives/367324

    一緒にいて楽しい人に共通する7つの特徴

    https://psychology-japan.com/someone-i-feel-so-comfortable-with.html

    ・心理学者のルービン氏は、そもそも愛とは恋愛(LOVE)と好意(LIKE)から成り立っており、友人に対しては好意(LIKE)のみが存在し、恋人に対しては恋愛(LOVE)と好意(LIKE)の両方が存在すると述べている。

    ・愛情と友情の両方に共通して存在するのが尊敬、信頼や理解といった要素であることも合わせて考えると、愛情というものは友情という土台の上、もしくは友情の先にしか存在できず、強固な愛情を築くには尊敬や信頼に裏打ちされた友情関係が必要ということは明らかである。

    ・恋愛関係よりも親友のほうが、本当の関係を保つのは難しい。恋愛以上に、お互いが高め合う要素がないと親友にはなれない。友情は、ハイレベルな人間関係。

    ・恋愛感情は3年で冷めるというが、夫婦の間に永続的な恋愛関係が続かないとすれば、その関係を最後に救うのは、男として、そして女としてのジェンダーを超えた、人としての成熟度が必要とされる友情なのかもしれない。

    ルービン氏の研究をきっかけに、心理学では愛や恋愛に関する研究が展開していったそうです。

    デイビスという研究者は、友情の構造と愛情の構造を比較し、「尊敬・信頼や理解といった要素は友情にも愛情にも共通して存在すること」「愛情だけに特徴的な要素は、魅惑、排他性、性的な親密さといった強い感情であること」を指摘しています。

    他にも、スタンバーグという研究者は、愛情はその人と仲良くなりたいという親密性、性的な達成を引き起こすようなロマンスや身体的な魅力の情熱、愛するという強い意志や約束のコミットメントによって成り立つとしています。

    なるほど、「ふたりの間に足りなかったものは何か?」と考えてみた場合、男性が「物理的交流」で満足するのに対して、女性は「情緒的交流」を求める傾向にあるのであれば、その「情緒的な満足」って、「心の満足度」とでも呼べて、例えば、

    ・あなたに癒しを与えてくれますか?

    ・あなたを楽しい気分にしてくれますか?

    ・あなたを元気にしてくれますか?

    ・あなたを誇らしい気持ちにしてくれますか?

    といった、感情・情緒的な評価のことなんだろうなって想いました。

    そうだとしても、「わだかまり」は発生するもので、それを解消するには、自分が心に秘めている欲求について知れば知るほど、それを尊重できるようになり、生活の中で自分がの望んでいるような充足感を得ていけるようになるはずなんだろうけど、知ったところで困難ことも多くて、諦めるのか、諦めないのか、選択は多いのにひとつしか選択できないのは、時には、覚悟も必要で困ったものです^^;

    「夫婦“円満”か“不仲”かは相手次第」のウソ。誰と結婚しても結果は同じ!――山口拓朗の「夫婦円満法」

    https://next.rikunabi.com/journal/20171019_d1/

    恋愛は同じ境遇の人とするもの……恋する相手、間違えていませんか?

    https://allabout.co.jp/gm/gc/426994/

    そうそう、デズモンド・モリス氏は、別れやすいカップルと長続きするカップルの間の相違点を見出すために、以下の親密度の12段階を示しています。

    「目から体」→自分の視界に相手が入った状態

    「目から目」→アイコンタクト

    「声から声」→会話

    「手から手」→握手、手つなぎ

    「腕から肩」→肩組みなど

    「腕から腰」→腕を腰に回した状態、腰を抱く

    「口から口」→キス

    「手から頭」→頭をなでる

    「手から体」→前戯の始まり

    「口から胸」→前戯

    「手から性器」→挿入を伴わないセックス、セックスの代替行為

    「性交」→セックス

    モリス先生曰く、付き合ってもすぐ別れる恋人たちは、上記の12段階を結構な確率で端折るそうで、逆に、この12段階を時間かけてゆっくり(ステップバイステップに)踏んでいくカップルは長続きする傾向にあるのだとか。

    但し、最終目標がなんであれ、そこに到達するための最短距離を探すことは必要かなって、ちょっと想いました(^^)

    孫子に習うと、スピードこそ全て、巧遅は拙速に如かず、時間をかけすぎれば恋愛関係を成就できずに途中敗退の憂き目に遭いかねないので、丁寧に動きながらもできるだけ急ぐべきとの考えは、恋愛以外にも応用できますよね。

    さて、最後に、カナダの心理学者エリック・バーン(Eric Berne)氏によると、フロイトを引用しながら、誰もが3段階の「ego states」を持ち合わせていると説き、相性が最高のカップルは3段階のレベルで共感し合えると言っています。

    親段階:教えられたこと

    子供段階:感じたこと

    大人段階:学んだこと

    2人の相性が本当に良い場合、それぞれの段階において通じ合えるそうです。

    そして、カップル専門セラピストのピーター・ピアソン氏は、それぞれの段階でお互いの理解度を計るために以下の質問を、問いかけているそうです。

    みなさんも、ちょっと考えてみてはいかがでしょうか?

    親段階:

    世の中に対するお互いの価値観や信念は類似しているか?

    子供段階:

    一緒に楽しむことができるか?

    のびのびと自然体でいられるか?

    パートナーに魅力を感じるか?

    2人でともに旅行を楽しめるか?

    大人段階:

    お互いが相手を賢い人間だと思えているか?

    一緒に問題解決に取り組むことができるか?

    人間というのは、他人に何かしてあげたら、その分、相手からも何かをしてもらいたい、してくれるはずだ、と期待しがちです。

    でも、人と人との関係というのは、そんなにシンプルな「ギブアンドテイク」で、成り立っているわけではないんだよね。

    困っているときに助けてくれるか、あるいは、いざというときに突き放されないか、というのは「もともと、その人がどんな人か」に尽きるのではないか、と想います。

    だからこそ、何の駆け引きもなく、相手との関係を持続させるために必要な要素のひとつが「理解力」であり、人と人との間に何を育むかってことは、とても悩ましい問題ですね^^;

    この「理解力」に関して池田晶子氏は、こんな事を語っていましたね。

    ・・・・・・

    「ところで、「わかろう」という意志、これは何か。

    言うまでもない、優しさである。

    わからないものをわかろう、自分ではない他人をわかろう、この想像的努力のまたの名は、ほかでもない、愛である。

    愛のない人にはわからない、愛のない人が、わかっている以上のことをわかることは有り得ない。

    わかる気のない人に、なぜわかるわけがあるか。

    愛していないものを、なぜわかる気になれるか。

    齢をとらなきゃわからないとか、君は何にもわかってないといった、自らする線引きの非論理性と狡さとを私は憎んだ。

    それで、どうしてほしいのよ。

    なら、世の中の皆が皆、君は私でないからわからないと言い合ってごらん。

    わかる力は愛である。

    えてして人は気づいていない、真の知力とは、愛する力であることを。

    「自分のモノサシ」で他人も世界も計れるならば、この世で分からないことはもっと少ないはず。

    分かったつもりは、分かっていない証拠。

    「知の無知」というか、一知半解は、自惚れの産物であり、相手を傷つける刃にもなり得ます。

    分からないことを、分からないと認める謙虚さ、分からないことを、分かろうと努力すること、「無知の知」こそが、学問の出発点であり、優しさの原点です。」

    ・・・・・・

    最後に、『「不自由」ほど楽しいものはない。』からの引用です。

    https://blog.tinect.jp/?p=65898

    「だいたいの事はやらないよりやったほうが絶対にいい。

    本当の本当にそうなのだ。

    人生に無駄とか無為のようなものはなく、小賢しさを働かせてニヒルになる方がよっぽど損をする。

    「つべこべいわずに黙って何かに本気でコミットしてみろ。マジで全然違う景色が見えるようになるから」

    人間、バカになった方がいい時というのは本当にたくさんある。

    好奇心は猫を殺すというが、小賢しさは人を毀損する。

    本当の本当にそう思う。

    あえて自由を捨て去り、自分の人生に不自由を入れると不思議な事にお金では絶対に買えない何かが手に入り、人生が大きく艶やかさを増すのだ。

    つまり、不自由な方が人生は自由なのだ。

    そしてその不自由の中にしか、本当の自由はないのである。

    不自由の中にある自由を楽しみつつ、不自由に属する事で得られる副産物を愛でる。

    それこそが人生で最も尊い、特別な何かなのだと僕は思う。」

    <参考サイト>

    大人になって思う。クレヨンしんちゃんのパパこそ、最高の人生を送っている人なのだ。

    https://blog.tinect.jp/?p=58610

    男女の友情は成立するか - 研究結果から心理学者が解説

    https://news.mynavi.jp/article/20150320-a118/

    「好き」と「愛してる」の違い

    https://koikoro.com/01/02.html

    田舎道をドライブすると開拓精神が満たされてスッキリする

    https://blog.tinect.jp/?p=65765

    欲しい物が多ければ多いほど、人生の難易度はあがってしまう。

    仕事やパートナー、子供というのは、誰かから必要とされているという感覚を得るための一つの手段だろう。

    しかし言うまでもなく、それらの獲得は不自由もセットでもれなく付いてくる。

    人の心の穴の大きさは、それこそ人それぞれだ。

    どれだけ社会から認められたいか・どれぐらい素晴らしいパートナーに恵まれたいかというお気持ちの大きさは、本来ならばそれを得たことによる不自由に対する耐久度と同値であるべきだろう。

    しかし面白い事に、多くの場合においてこれらは同値ではない。

    仕事でいっぱいいっぱいの人は、不自由に対する耐久度という意味においては、実はもうパートナーという”不自由”を獲得する余裕が人生にはない。

    パートナーを獲得した事で、心の穴が塞がってもっと仕事が頑張りやすくなる側面も一部にはあるかもしれないが、それはそのパートナーを獲得した事により付随された不自由の量が偶然あまり多くなかったに過ぎない。

    多くの場合において、パートナーというのは”何もしなくてもいい”ものではない。

    男性なら性処理をしてもらいたかったり、女性なら愚痴を聞いてもらいたかったりといった多種多様のメンテナンスが必要不可欠であり、そういったコストを支払う事を見て見ぬ振りをし続けていると、いつかツケ溜まって何らかの形でパンクする。

    子供なんてもっとそうで、得たことでしか満たされない部分は確かにあるのだけど、それに対して要求される”不自由”の量は結構なものだ。

    子供を産まない人が増えるというもの、そりゃわかろうものである。

    欲しいものが多ければ多いほど、人生の難易度はあがるし、上手に息抜き、いや息継ぎができないと人生は破綻する。

    いまの世の中で全てを手に入れるのは誠に難しいが、全てを手に入れないと人の心の穴は埋まらない。

    なかなか難しいものである。

    何かを求める心、人間は留まることを知りません。

    仮にその何かを得られたとしても、次々とまた何かを求めてしまいます。

    この世は「有為転変(ういてんぺん)」、仏教の言う「求不得苦(ぐふとくく)」(=求めるものが与えられないという苦)への処方箋は、「如実知見(にょじつちけん)」の四文字に尽きます。

    「有為転変(ういてんぺん)」

    この世のすべての存在や現象は、さまざまな原因や条件によって常に移り変わるものであり、少しの間もとどまっていないこと。

    また、この世が無常で、はかないものであるたとえ。

    「求不得苦(ぐふとく く)」

    求めているものが得られない苦しみ。

    不老不死を求めても得られない苦しみのこと。

    また、物質的な欲望が満たされない苦しみのこと。

    「求不得苦」求めても得られない苦しみ

    https://diveintomyself.funfairfanfare.com/%E6%B1%82%E4%B8%8D%E5%BE%97%E8%8B%A6-%E6%B1%82%E3%82%81%E3%81%A6%E3%82%82%E5%BE%97%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%84%E8%8B%A6%E3%81%97%E3%81%BF/

    「如実知見(にょじつちけん)」

    現実のままであること。

    事実のとおりであること。

    過剰消費の終わりと、真の「自己責任時代」のはじまりと。

    https://blog.tinect.jp/?p=66034

    だが、人の適応力はなかなかのものである。

    要は、慣れてしまえば「それなりの楽しみ」はどこにでも見つかるし、別に惨めな思いをしているとも思えない。

    そもそも「消費」はその人の格とは関係がない。

    所詮は消費だ。

    かけた金額の多寡で満足度が決まるわけではない。

    「ゴルフ」の方が「オンラインゲーム」よりも格が高い、ということはないし、「車でドライブ」が「スマホでSNS」よりも楽しい、ということもない。

    「居酒屋」が「オンライン飲み」に勝ることもない。

    「海外旅行」よりも「GoogleEarthで探索」のほうが好きな人だっている。

    <参考資料>

    「結婚しない男たち - 増え続ける未婚男性「ソロ男」のリアル」荒川和久【著】(ディスカヴァー携書)

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    「若者はなぜモノを買わないのか」堀好伸【著】(青春新書インテリジェンス)

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    「つくし世代―「新しい若者」の価値観を読む」藤本耕平【著】(光文社新書)

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    「恋愛しない若者たち―コンビニ化する性とコスパ化する結婚」牛窪恵【著】(ディスカヴァー携書)

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    「結婚生活を成功させる七つの原則」ゴットマン,ジョン・M./シルバー,ナン【著】松浦秀明【訳】

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    「結婚と家族のこれから―共働き社会の限界」筒井淳也【著】(光文社新書)

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    「大人の友達を作ろう。―人生が劇的に変わる人脈塾」中谷彰宏【著】(PHP文庫)

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    「限りなく完璧に近い人々―なぜ北欧の暮らしは世界一幸せなのか?」ブース,マイケル【著】黒田眞知【訳】

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    「Games People Play: The Psychology of Human Relationships」Eric Berne【著】

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    【おまけ:一人ひとりのそばに歌がある】

    AI 「Baby You Can Cry」

    https://www.youtube.com/watch?v=OZSPJM0OwbI

    JUJU「東京」

    https://www.youtube.com/watch?v=9KfaRO9L9Xk

    JUJU「また明日」

    https://www.youtube.com/watch?v=cyXPCufrt6k

    Uru「あなたがいることで」

    https://www.youtube.com/watch?v=qLMLzBYTTKQ

     
     
    固定観念や社会の物差しに捉われることなく、まずは自分(being)、それから自分のやるべきこと(doing)を考えて、発想の転換や内面的・本質的な成長を促していくテーマを決めて書いていこうかなって考えています。

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