メインコンテンツへスキップ
見出し画像

【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第59話「まばたきが、返ってきた朝」/「まばたきで、返したけん」)

    サイドB:「まばたきが、返ってきた朝」

    ——高橋 亮太の視点より

     

    港に近か住宅街。
    朝の空気は、まだ少し眠たげやった。

     

    バイクのエンジン音も、誰かの目覚ましも聞こえん。
    配達用の自転車のペダルば漕ぎながら、おいは新聞ば配っとった。

     

    新聞配達を始めてもう一年近く。
    最初は生活のためやったけど、慣れてきたら余計なことば考えるようになった。

     

    ——これ、いつまでやるとやろか。

     

    高校も中途半端に辞めて、特別やりたいことも見つからんまま、ただ朝が来るけん働く。
    親ももう口出しせん。
    おいが真面目にやりよるって分かっとるだけ、よかやろう。

     

    角ば曲がった先、三軒目のポスト。
    その家の前に、今日もぶんちゃんがおった。

     

    白と茶のぶち模様。
    ときどきしっぽばふわりと揺らして、じっとしとる。

     

    最初は気にも留めんかった。
    ばってん、ある朝ふと目が合って、なんとなく「おはよう」って言うてしもうた。

     

    そしたら、ぶんちゃんは、ゆっくりまばたきした。

     

    ——なんや、あったかいな。

     

    それからやった。
    「またあの場所、通ろう」って、思うようになったとは。

     

    正直、夢なんて今は持ってなか。
    進学した同級生が楽しげにキャンパスライフばSNSに上げとるのば見ても、おいには関係なか世界やと思っとった。

     

    ばってん、ある日ふと、
    新聞ば受け取ったおばあさんが「ありがとうね」って笑うたことがあったとよ。
    そのとき、少しだけ、役に立てとるかもしれんって思えた。

     

    ——ほんの少しでも、誰かの朝ば支えとるんやったら、
      この時間も無駄やなかかもしれん。

     

    今日もぶんちゃんは、おんなじ場所で座っとった。

     

    おいはポストに新聞ば入れて、ぶんちゃんの前で立ち止まった。

     

    「……今日も、おるとやね」

     

    ぶんちゃんは、またゆっくりまばたき。

     

    まるで「わかっとるよ」って言うみたいやった。

     

    冷たかった風が、少しだけやわらこう感じた。

     

    「また、明日も来るけん」

     

    そう小さくつぶやいて、おいは次の家へと自転車ば走らせた。

     

    ——なんでやか、ちょっとだけ、朝が楽しみになった気がした。

    【了】



    サイドA:「まばたきで、返したけん」
    ——ぶんちゃんの視点より

     

    まだ、街の灯りが消えんうちから、おれはその路地におった。

     

    港の方からふわっと吹いてくる潮風に、しっぽを揺らしながら、毎朝決まっとる場所に座る。
    ほんの少し傾いた電柱の影。そこにおると、誰にも邪魔されんし、道行く誰かの足音もよう聞こえると。

     

    けさも、おれはそこにおった。
    そして、来た。

     

    ぎし、ぎし、と自転車の音。新聞配達の若か男や。
    背中が少し丸うて、顔は眠たげ。ばってん、目だけは、まっすぐ前ば見とる。

     

    最初の頃は、おれのことなんか気にもしとらんかった。
    けんど、ある朝、小さか声でこう言うたとよ。

     

    「おはよう」

     

    そのとき、おれは目ば合わせて、ゆっくり、まばたきしてみた。

     

    ただ、それだけ。
    ばってん、それからやった。

     

    その子は、おれの前で立ち止まるようになった。
    いつものポストに新聞ば入れて、ちょっとだけ顔ば向ける。
    そいで、ぽつりぽつりと何かばつぶやく。

     

    人間の言葉はむずかしか。
    けど、そのときの空気や目の色で、だいたいのことは伝わってくる。

     

    ——なんか、考えとるとやね。
     でも、そんなに焦らんでも、よかとよ。

     

    おれは、ただ座っとる。
    しっぽばふわりと揺らして、時々まばたきして返すだけ。

     

    そしたら、あの子は小さか声でまた言う。

    「また、明日も来るけん」

     

    うん、それでよか。

     

    おれはその声ば背に受けながら、ゆっくり立ち上がって、次の朝の匂いの方へ歩き出す。

    ——また、明日もここに、おるけんね。


    【了】



    • ぶんちゃん(デフォルメ版)LINEスタンプ始めました🐾 ▼



    • 前話です ▼




    シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)


    あとがき

    この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
    そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

    私は佐世保で生まれ育ちました。
    けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
    けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
    この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
     主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
    人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
     町の片隅にいる猫。
    それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
    この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
    なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
    最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
    「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
    そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
    佐世保は、坂と港の町です。
    変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
    ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
    2025年 春
    佐世保の町より
    筆者


    プロフィール|Kazuomi Matsunaga

    🧭思考の案内人|Thinking Navigator


    画像

    略歴:九州大学工学部卒業(材料工学)⇒愛知の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。こどもは二人とも大学生となって巣立ち、妻と二人暮らし中。
    “問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
    本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
    🧭 読んだあと、あなたの中に“新しい見方”がひとつ芽生えるような。そんな記事をお届けできたらうれしいです。
    つでも大歓迎です!


     
     
    工学部>金属系素材メーカーエンジニア>フリーペ ーパー広告営業>学校法人職員🏫 生成AIを活用し"思好の科楽"”ここに、おったけん”,"私学の中の人が語る","Photographic Poetry"などを掲載しています。長崎県在住50代。

    あなたへのおすすめ