
引っ越すたび、箱は増える|未開封の段ボール|拝啓文芸部
荷造りの最後に、押し入れの奥から段ボールが出てきた。
ガムテープは黄ばんでいて、角が少し潰れている。側面には、マジックで「あとで」とある。

前回の引っ越しでも、開けなかった箱だ。
中身は、ほとんど覚えていない。覚えていないのに、開ける気にはなれなかった。
捨ててしまおうか、と一度は思う。
けれど、捨てるには開けて確かめなければならない。開ければ、中身は「要らなかったもの」と決まってしまう。
開けなければ、まだ「いつか使うかもしれないもの」のままでいられる。
期待も失望も、ガムテープの下に一緒に置いてある。
そう思って、半分笑ってしまった。
荷造りを進めるうちに、手の止まるものが出てくる。
使わなかったけれど、捨てるには説明がいるもの。
誰かに渡すつもりで、取っておいたもの。
いつか返そうと思ったまま、一年が過ぎたもの。
買っただけで、使わなかったもの。
思い出ではあるけれど、見たくはないもの。
新しい段ボールを組み立てて、それらを順番に詰めた。
ガムテープを貼る。マジックの蓋を外して、側面に書く。
「あとで」
書き終えてから、気づいた。
古い箱の字と、同じ書き方だった。
引っ越しの当日、業者の若い人が二つの箱を指さした。
「こちらは、開けますか?」
「いえ、開けません」
即答だった。
何か封印されているものを守るような答え方だな、と自分で思う。
新しい部屋の隅に、箱を二つ並べた。

古い箱には、前の生活の分。新しい箱には、今の生活の分。
どちらも開けない。どちらも、次の家へ運ぶことになる。
開けない箱が一つなら、まだ「忘れていただけ」でいられた。
二つになって、ようやくわかる。
忘れていたのではなく、開けないことを選んでいたのだと。
並べた二つの「あとで」は、双子のようによく似ていた。
Mr.Qさんの拝啓文芸部、お題「未開封の段ボール」に参加させていただきました。