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【#創作大賞2024】蒼に溶ける 第4章 ③ 進言と拒否

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    「事件が起きたのは、1999年の12月24日。クリスマスイブの上に前日が天皇誕生日で祝日だったようで、何かと落ち着かない空気だったのかもしれませんね。ああ、平成の天皇誕生日ですから」

    結依の怪訝そうな顔を見て、岡崎がかすかに笑って付け加えた。

    「加えてこの年は2000年代へと移る時で、当時はミレニアムなんて言葉が流行ったそうです。実際2000年に生まれた子供はミレニアムベビーと呼ばれました。私はぎりぎりでその1年前ということになりますが」

    今から50年以上も前の話となると、結依にとってはほとんど歴史でしかない。岡崎は話を戻すように咳払いをした。

    「その年末の慌ただしさの中で、いくつか起きた不審火の一つに沙和子さんは巻き込まれたわけです。しかも沙和子さんのお母さん……徳田美里さんは逃げ遅れて亡くなられてしまった」

    「母は何とか逃げられたということでしょうか」

    「記事によると沙和子さんは、母親の美里さんの手で二階の窓から放り投げられたようです。庭に近所の方々が構えていて、まだ幼い子供だった沙和子さんをキャッチされたのだとか。その時の記憶は朧気ながらある、と沙和子さんも仰ってました。ただそれよりも、母の肩越しに見た迫ってくる炎が恐ろしかったと」

    岡崎の沈痛な口調に、結依は思わず目を閉じた。その端から涙が音もなく流れ落ちる。

    「まさか……まさか母にそんな事情があったなんて……」

    岡崎も同調するように頷いた。

    「私もそれは驚きました。しかも人ひとり亡くなったというのに、この放火の犯人は捕まっておりません。同様の不審火が頻発したせいで、捜査の力も分散されていたのかもしれませんね。必ずしも同一犯とも限りませんし。しかも当時、年号が1900年代から2000年になることでコンピュータが誤作動を起こす可能性があるという、いわゆる『2000年問題』で世間が浮足立っていたと言います。コンピュータが狂えば、警察とて無傷ではいられません。記事を読んだだけの私にはよく判りませんが、そういう不幸な偶然が重なった可能性は考えられるかもしれませんね」

    そう言われても、結依は岡崎以上に訳が判らない。ただどんな理由や事情があろうとも、放火の上に人を死なせた犯人が捕まっていないというのは、何としても許しがたかった。顔も知らぬ自分の祖母は、その炎の魔手に搦めとられて命を落としたのだ。

    「世の中に未解決事件というものはいくつもありますが、ご自分やご家族がその関係者であるということを、沙和子さんはできるだけ隠しておきたかったようです。やはりいろいろつつき回される可能性もありますからね。だからお子様である……えーと……」

    「結依です。鈴村結依。ちなみに兄は大樹といいます」

    岡崎は、失礼しましたと頭を下げた。

    「ですから沙和子さんは、結依さんにもお兄さんの大樹さんにも言わなかったのだと思います」
    「――でも父は知っていた」

    岡崎は大きくため息をついた。

    「そうです。そこはご夫婦ですから、ある程度通じているところもあったのでしょう。でも沙和子さんの訴えは聞いてもらえなかった。そこで私のところへ相談にいらしたのです。まず一つは水火葬が可能かどうか。もう一つは、仮に自分が夫より先に逝った場合、私から夫に進言してはもらえないかという内容でした」

    「進言? 岡崎さんから父へ、ということですか?」

    「そうです。いずれにせよ事が起きれば、まず葬儀の連絡が寺へ入ります。埋葬の方法自体は葬儀会社が深く関係していますが、実際にどこの葬儀会社に頼むかまでは事前に確定できませんよね。でも鈴村家の場合、ほぼ間違いなく私へ連絡が来ますから、晃雄さんと話す機会はかなりの確率で発生します。その時に自分の遺志を伝えてくれないか、というご依頼を受けました。そして私はそれを承諾しました」

    岡崎の言葉に、結依は思わず口を挟んだ。

    「承諾した? でもそもそも水火葬には対応されてないんですよね」
    「原則はそうです。ですが、これほどのご事情があるとなれば話は別です。そこはある意味、何とでもなる。私があらかじめ水火葬について勉強しておくということもできるし、葬儀はともかく埋葬の方は、水火葬に対応できる私の仲間に頼むということも可能でしょう。ですから私にできる範囲のことは、と沙和子さんにお約束しました」

    「でも……そんな話、葬儀の時に父はひとことも……」

    珍しく苦々しい表情を浮かべて、岡崎は頷いた。

    「ご葬儀の時に、僧侶控室にご挨拶にいらした晃雄さんに、先ほどのようなお話をいたしました。ですが晃雄さんは、言下に否定をなさって」
    「拒否した、ということですか?」

    そうです、と岡崎は口の中で呟いた。

    「状況が状況ですし、内容も内容ですから、私もずいぶん言葉に気をつけて申し上げたつもりです。ですが失礼ながら、まったく意に介されないという感じでした。まず自分の知らないところで、沙和子さんが寺へ打診していたというのがご不快だったようです」

    結依は思わず顔をしかめた。あの父ならいかにもありそうな話だ。

    「それでも失礼を承知で、私もずいぶんと食い下がりました。何しろ事が事だけに、後からやり直すというわけにはいかない。ですが結依さんもご経験なさってお判りかと思いますが、葬儀というのはとかく慌ただしいものです。限られた時間で非常に多くの物事を決めていかなければならない。いつまでも一つのことに拘ってはいられません。ですので結局は私も、晃雄さんへの説得を断念せざるを得ませんでした。非常に心残りではありましたが」

    やや俯いた岡崎の無念そうな表情を見た結依は、思わず深々と頭を下げた。知らないところで、一介の僧侶に過ぎない岡崎がここまで心を尽くしてくれたことに、深い感謝の念を抱かずにはいられなかった。

    「ありがとうございました……母のためにそこまで……」

    岡崎は結依に応えるように、再び静かに両手を合わせた。

    「正直、まさかこんなに早く沙和子さんがお亡くなりになるとは……訃報を聞いた時は、散々慣れているはずの自分でも、しばし言葉を失いました。せめてもう少し時間があれば……それが何より悔やまれます。そうすればあるいは、沙和子さんの遺志を叶えて差し上げられたかもしれないのに……」

    結依は静かに顔を上げた。

    「実はそのことでお願いがあるんです」
    「お願い?」

    結依は息を吸い込むと、岡崎の顔をじっと見据えた。

    「母の遺骨をお墓から取り出すことは可能でしょうか」


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    小説を書くわんこ(SS~長編)。創作大賞2025『栗と牡丹』入選。→2026年4月『栗は月色、こがね色』として朝日文庫より刊行。第2回日本おいしい小説大賞最終候補、第31回やまなし文学賞『雨を知るもの』佳作→作品集刊行。餃子とピザとあんこが好物。一人BARと野鳥観察が趣味。

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