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かりはらの贄巫女 シーン2 ③

     叶はざわめく気持ちをごまかすために、一夜を見て息を吸った。

    「あの、母に会いたいんですけど、母はいないんですか」

     お母さんとは言い辛かった。氷川の母親が本当の母親だと思っていたからだ。当然のように父である天水に対しても同じ思いがある。

     すると、一夜が寂しげな笑みを向けてくる。

    「君のお母さん——美都子さんは君と希さんを産んですぐに亡くなったよ」

    「あ……、すみません」

     失言したと思って、叶は謝った。てっきり母、美都子は生きていると思っていたので、予想外の答えに驚いた。

    「知らなかったんだから、仕方ないさ」

    「あの、美都子さんはどんな人だったんですか?」

     自分を産む前の美都子はどんな女性だったのだろう。天水とはどのように出会って結婚したのか、興味があった。

    「ごめん、美都子さんの事は俺もよく知らないんだ」

     叶はそれを聞いてガックリと肩を落とした。

    「じゃあ、父は?」

     なんとしても自分の父母について知っておかないと、ここに来た意味がない。叶は食い下がるように訊ねた。

    「君の父親は葬儀の準備で天水家の屋敷にいるよ。希さんの葬儀で俺と代替わりするから、葬儀の時に本家に来る。そのときに会うといいよ」

     葬儀が終われば、手が空くだろうからと聞き、葬儀が終わるまではおとなしくここにいるしかなさそうだった。

    「代替わり……。一夜さんも美豆神社の宮司なんですか? もしかして葬儀が神式なのは何か関係があるんですか」

    「俺は養父さんの跡を継ぐんだ。菟上家が祀っている『おかみさま』は、美豆神社のご祭神、淤加美神だからね。冠婚葬祭はすべて美豆神社が取り仕切ることになっているんだ」

     話では菟上家の当主は巫女だと聞いた。

    「希が巫女になるまでの間、だれが巫女だったんですか?」

    「美千代さんだ」

     叶は首をひねる。

    「でも、美千代さんは霊力がなかったんじゃ? 私がみつちさんに魅入られたとき、祓ったのは美千代さんだって聞きました」

    「うん、美千代さんには霊力はない。それに美千代さん以外、お祓いの作法を知っている人がいなかった」

     しつこいと言われるかもしれないが、叶はもう一度訊ねる。

    「希が生まれてなかったら、だれが巫女になるんですか?」

    「君だよ。本当にだれもいないときは、霊力があろうとなかろうと直系の娘が継ぐ。娘がいなければ、霊力のある分家の娘が巫女になる、美千代さんが継いだときにそう決めた」

     先ほどから一夜が言う霊力のことが気になった叶は、単刀直入に疑問を投げかける。

    「霊力がなかったら、そもそも巫女として役に立たないんじゃないですか? 菟上家は祈祷師の家系じゃないですか」

    「美千代さんの代から、霊力の強い女性が亡くなることが続いたんだよ。今も美千代さんが引き続き代理を務めているけど、見ての通り、美千代さんの病気が重たくて。菟上本家が君の肩にかかっているのは確かだよ。本家の後継者で生き残っているのは、君だけだから」

    「本当に、ほかに本家の人はいないんですか」

    「本家の人間は、君以外にいないんだ」

     だからといって、素直に当主になるわけがない。

    「じゃあ、さっき言った通りに、霊力のある分家の女性に後を継がせればいいんじゃないですか」

    「それは最後の手段だよ」

     何を言ってものれんに腕押しだ。叶を当主にと望む意志を曲げそうになかった。

    「本当に、今まで分家の女性が巫女になることはなかったんですか?」

     一夜が強く言い切る。

    「神様が望むのは菟上家直系の娘なんだ。確かに分家の霊力のある娘を連れてきてもいいけど、一人でも直系の血筋の女性がいれば、そちらを選ぶよ」

     みつちさんに魅入られたからと、お祓いをして分家へ養女に出しておいて、希が死んだら手のひらを返して当主になれなんて、都合が良すぎて納得がいかない。

    「私は霊力なんてないです。だから当主にも巫女にも向いてないです」

     一夜の優しかった口調が厳しくなる。

    「それでも巫女になるんだ。巫女がいなければ、菟上家は滅びてしまう」

    「巫女がいなければ菟上家が滅ぶってどういう意味ですか?」

     一夜が、一瞬複雑そうな表情を浮かべる。

    「美千代さんには水葉という妹がいたんだ。とても霊力が強くてね、巫女として遜色がなかった。けれど、水葉さんが亡くなって、美千代さんが継いでから本家に不幸が続いてね、美千代さんが出産するまでそれは続いた。美千代さんは『おかみさま』の祟りだと説明したそうだ。霊力のある女児——美都子さんが生まれて、ぱったりと祟りが鎮まったことから、霊力がない巫女でも跡継ぎさえ産めば、祟りは鎮まるとみんな信じるようになったってわけだ」

     叶はその話を聞いて、引っかかるものを感じる。

    「美千代さん——巫女だけじゃ、祟りは抑えられなかった……? 結局は霊力のある跡継ぎが生まれないとだめなんじゃ?」

     そう考えると、本家の娘は跡継ぎを産むための道具でしかない。叶は嫌悪を感じて眉をひそめる。

    「霊力のある跡継ぎばかり、どうして亡くなったんですか。何かに呪われてたんですか? だっておかしいじゃないですか。霊力のある巫女ばかり二代続けて……。希も入れたら三代、亡くなったんでしょう? 偶然だと思いますか」

     何かがあったのだ、と叶は考えた。

    「今までとは違う、何かが起こったんじゃないですか」

     すると、一夜が気まずそうに口をへの字にして考え込んだ。あまり口外したくない様子だった。

     じゃあ、と腹立ち紛れに、叶は口走った。

    「家系図を見せてください。本当に菟上家だけが継いできたか確かめたいです」

     一夜に家系図を持ってくるように強く言った。

    「分かった。しばらく待ってて」

     それだけ言うと部屋を出て行き、しばらくして戻ってきた。

    「持ってきたよ。希さん達のアルバムもあった」

     一夜が家系図と三冊のアルバムを座卓に置いた。

     掛け軸状にまとめられた、女系の家系図を見て、叶は大体のことを理解できた気がした。あからさまに男性の名前は排除されている。

    「この朱墨は亡くなった印ですか?」

     娘の二人のうち一人は確実に亡くなっている。それは江戸時代初期から近代まで、全部同じだ。途中から改変されているわけではなさそうだ。享年だけがまちまちだが、大抵早死にしている。そして、その後、残された娘が当主になっているのだった。

    「江戸時代からの家系図みたいですけど、それ以前はないんですか?」

    「うちに残されているのはこれだけ」

     と一夜が答えた。

     叶は一番初めに名前を書き留められた当主から順に、現代までの当主の名前を眺める。姉、妹関係なく、古くは二人姉妹でもなかったようだ。

     霊力を授かった娘が生まれるまで、続けられている。明治時代に入ってから、美都子以外は姉妹二人に絞られたようだが、名前が書かれていないだけかも知れない。叶のように養女に出された女児もいただろう。

    「これって、霊力のある人が死んだ後、霊力のない人が跡を継いでるんですよね」

    「跡を継いだ女性は子供を産んだ後、亡くなったそうだよ。理由も原因も伝わってない」

     本当に知らないのか、一夜はじっと家系図を見ている。

    「これが美千代さんと妹の水葉さん」

     一夜が家系図の下のほうを指さした。水葉という名の下に享年が書かれている。

    「二十歳で亡くなったんですか……」

     美都子も二十歳。叶と名前を連ねている希は朱墨で十九歳と書かれていた。

     確かに祟りと言われるだけあって、美千代の代で、本家の女がほぼ亡くなっていた。おそらく男子もいただろうが、女系の家系図なので、配偶者同様、記載されてない。

     それだけではない。連綿と続く、当主である巫女の夭折。何か見落としてないか、と叶は家系図を睨みつけながら考えた。

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