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雑記│るうずり〜ふ「もう一度挑戦」

    故郷の 五臓六腑の
    メロディーは
    京の宇宙に
    香るマロニエ

    妖精は 16ビートの
    落下傘
    冬の輪舞曲の
    熱に絆され


    無心所著歌に再挑戦です。

    再挑戦するにあたり、無心所著歌とはなんぞや❓️から初めました。

    我妹子(わぎもこ)が額に生ふる双六(すぐろく)の牡牛(こといのうし)の鞍の上の瘡(かさ)
    我が背子が犢鼻(たふさぎ)にせる円石(つぶれいし)の吉野の山に氷魚(ひを)そ懸(さが)れる

    という二首があるらしい。
    これについて
    提供元: 奈良女子大学学術情報リポジトリ https://share.google/rGCBCnNxKcIEpumaX
    (PDFファイル)
    にて田中真理さんの記事を読んだ。

    偏差値38の高校卒の私では、こめかみから煙が出てきたので、ザックリと読んでザックリと解釈した。
    舎人親王が「無所由之歌」を座に侍る者たちに競作させた、そこで大舎人安倍朝臣子祖父が献上した二首が上記のもの。
    そして舎人親王はこの二首を聞くなり、「募る所のもの」として、なんと「銭二千文」を与えたらしい。
    田中真理さんも記事の中に著されているが、まったく無意味な歌に「募る所のもの」として高額な褒章が与えられるだろうか。
    そして田中真理さんの二首についての考察が著されている。
    さらに読めば様々な方が考察されてるみたいでした。

    私はない頭で私なりに解釈した結果、大きなジョッキに注がれた水に、一滴の洋酒を垂らし何なのか考察する。
    無意味の中に垂らした一滴の意味深。
    無意味に聞こえれば聞こえるほど、意味深が可笑しみの中に溶ければ溶けるほど、「募る所のもの」として高い価値の歌になるのだろうと。
    そこで私の一首目は、無意味だけを念頭に一首詠みました。
    そして、二首目は田中真理さんの記事を読んだ後に詠みました。
    ある出来事を一滴のウイスキーとして垂らしたつもりでしたが、なんと水割りくらいになり、可笑しみが薄いですね😅

    今回、無心所著歌とはなんと魅力的な歌なのかと感じました。
    この二首が後世で考察され、いろんな人を魅了している。
    初代王天君さん、ほんとうにありがとうございました。
    なんだか、大きな楽しみを一つ頂いた気がします。

     
     
    閲覧いただきありがとうございます。 いつか「麒麟です」の温度感で「詩人です」と名乗れるように修行中です。 日常に落ちてる感情を救い上げたり、眠れない夜に生まれた妄想フィクションを元に書いてます。 忙しい夜に、少し立ち止まれる言葉があれば幸いです。 気に入ったらまた覗いてください。

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