メインコンテンツへスキップ

日記ですらないもの。 #aeuな日々


    さすがに4時間ものあいだ、5kg(体感は5kgの米より2kgくらい重い🥺)の楽器抱えて、立奏どころか、歩いたり飛んだり楽器振り上げたりを続けるのは……

    疲労困憊ですね……_:(´ཀ`」 ∠):吐血

    左腕、特に左手首がしぬ……

    私は体重だけで言うなら、たぶん同じ身長の子の平均よりも重いし、お腹もおでぶだけど、手首は異様に細いんですよね……親指と中指で作った輪っかの中に手首入れたら、親指の腹で中指の爪余裕で触れるくらいの細さ。

    自分でも、毎週こんな重い楽器抱えて動いて、手首折れるんじゃないか?と心配している。

    手筋肉付いて太くなったりしないかなー。

    そんなわけで撮影でした。
    今日はパフォーマンスの動画撮影。


    今週の振り返りといっても、
    日記でも付けていないと、昨日のことも思い出せない。

    でも今週は一つ印象的なことがあって、
    とある施設の利用者登録をしてみた。

    何を聞かずとも話さずとも、
    皆いろいろな事情を抱えているだろうことが容易に窺えて、
    ネタにするっていうと語弊があるけれど、
    創作や物語のキャラクターの幅を広げるのに、
    とても刺激をもらえる。

    好きな動物は?という質問には迷わず「人間」と答えるのに、
    それは「人が好き」とは、ちょっと違うなと思う。

    世間一般にいらっしゃる「人が好き」と言う方々の層。
    私はその方々みたいに、対して人に興味がない。

    人間って生き物は心底めんどうくさいと思うし、
    たぶん私はわりと人のことなんてどうでもいいと思って生きているのかもしれないとも思う。

    その根底には「私なんかが気にかけたところでねえ……」みたいな気持ちが、70日超えた今もやっぱりまだあるなと感じる。

    でもそれを私自身への過小評価だとは思わない。
    極々妥当な評価だとさえ思う。
    とはいえ、自分のことが嫌いかというと、むしろ好きなほう。でももっと好きになれる自分がいるはずだっていう思いが常にある。

    そうして改めて気付く。
    まだ、自分のことで精一杯なのかと。

    好きな自分って、他者との関わりのなかで認識するものだよなあと思うと同時に、それは他者からの評価ありきのものではいけないとも思う。

    最近その実感がある瞬間が訪れる。

     
     
    言葉と映画と人間が好き。表現と習慣化に興味があります。INFJならではの感性で作品を掘り下げること、人生をより良くしていくことを日々全力で楽しんでいます。 好かれる為ではなく、胸の内で燻る思いをただそのまま言葉に乗せたい。けれどそれをスキと言ってくれたなら、とても嬉しい。

    あなたへのおすすめ