
適応障害から始めたクリエイティブ副業。今、独立を目指す理由
私が副業を始めた“きっかけ”
はじめまして。acocoです。
30代のアラフォーワーママで、小学1年生の息子と、9歳上の夫、そしてトイプードルのコロと暮らしています。
いまは本業の会社員として働きながら、副業で刺繍やイラストの制作活動をしています。
私がこんな働き方をしようと思ったのには、理由があります。
「働くこと」に潰されそうになった20代の私
副業を始めたのは、約10年前。
会社に入って3年目、毎日3〜4時間しか眠れないような激務の中、
業務にも人間関係にも息が詰まり、涙が勝手に流れるようになりました。
診断は「適応障害」。私は休職することになりました。
あの半年間は、はじめて「自分の人生をどう生きたいか」を考えた時間でした。
昔好きだったイラストをもう一度描いてみたくて、「副業」として活動することを決意。復職後に会社に申請し、スタートを切りました。
副業は、“わたしの居場所”だった
そこからの10年、表現の手段は変わりながらも私の副業はずっと続いています。
個展を開いたり、刺繍に出会ったり、iPadでイラストを描くようになったり。
本業とは違う時間に、自分のペースで、自分の好きなものを形にできる場所。それが私にとっての「副業」でした。
その中では、何度も「やっぱり副業を頑張ろう」と思い直す瞬間がありました。
「この子に、なにを残せるだろう?」
息子が生まれたとき、ふと思いました。
大きな財産も名誉もない私が、この子に残せるものってなんだろう?
それは、自分がどう生きたか。
不器用でも、遠回りでも、それでも人生っておもしろいんだよって姿を見せていきたいと思いました。
身近な大人が自分の夢や目標を掲げて、試行錯誤する姿はきっと何かを彼に伝えてくれるのではないか…今は、そう考えています。
「もしものとき、家族を守れる自分でいたい」
コロナ禍では、夫の持病を考えて在宅勤務を希望しました。
制度もある、業務的にも可能なはずなのに、会社は「前例がない」と却下。理不尽さに悔しさと涙がこみ上げました。
その一件から上司のあたりも冷たいものになったのも、結構応えました。。
(今は異動もしたので、半分笑い話ですが。笑)
その時に私は決意しました。
有事のときに大切な人を守る選択ができるように、「会社に頼らなくても生きていける力を持ちたい」と。
「もう、ここで学ぶことは終わったかもしれない」
そして現在。今は時短勤務なのに、月の残業は10時間超。
何度も上司に相談して、自分でもできる対策をしてきたけれど、改善どころか悪化しています。
加えて、会社の体質や方針に、どうしても疑問を感じるようになりました。
そして、ふと思いました。
「もう、私はここで学ぶことは終わったのかもしれない」と。
10年かかったけれど、少しずつ成長できている
副業を始めて10年。遅い歩みかもしれないけれど、そのぶんたくさん学びました。
ものづくりの技術も、発信の力も、その過程で得たスキルも。
最近では周囲の人にも「成長したね」と言ってもらえたり、本業の仕事でも多少重宝がってもられるようにもなりました。
今までは「副業」だったけれど、これからは「ビジネス」としてしっかり形にしていきたい。
そして、家族を大切にしながら、自分の人生を自分の手で切り拓いていきたいと思っています。
最後に
副業を始めたいけれど、時間がない。
そんな悩みを抱えているママたちの気持ちが痛いほどわかります。
そんなママたちにかけたい言葉は、「大丈夫、ゆっくりでも進めるよ」
私も10年かかっているけれど、後悔ない程度にはさまざまな経験や成長ができているし、きっとビジネスとしてもっとやれると感じています。
このnoteでは、そんな私の試行錯誤や、ちょっとずつ育ててきた副業のリアルを綴っていこうと思います。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
また、次の記事でお会いしましょう!
acocoより