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どん底な体験をした人をうらやましいと思った話

    タイトルを読んで、「は?!」って思う人もいるでしょうし、私と同じ気持ちになった人もいますかね?

    どん底な体験って私したことがないんです。平凡な生活を送っているので。
    どん底な体験をしたい!と願っているわけでは全然ないです。
    平和が一番ですから。

    ただ、いろんなことを乗り越えた人は、そうでない人とは何かが違う気がする。その違いはやっぱり経験しないと埋まらないわけで。

    ただただ平和な生活を送っている、こんなわたしでいいのかな?と思うのです。

    「あの頃はめちゃくちゃ大変だったな」と振り返るあの人は、
    なんだか人生2週目な雰囲気が漂っていて、
    語る内容も私じゃ想像もできないようなこと。

    私がのうのうと平凡な生活を過ごしている、まさにその時に、
    あの人はつらい経験をして、悩み苦しみ、何とか乗り越えようとしていた。

    そんなつらい経験を乗り越えたんだすごい!という思いと、
    あの人の苦しみに何もしてあげれなかったことが申し訳ないという思いと、
    大変な時に相談してくれたら話聞いたけどな、というさみしさと。
    いろんな感情が出てきました。

    そして、人生に深みがでたあの人の様子に、ちょっとだけうらやましいと思う自分の気持ちに気付きました。

    血液型A型の人が「まじめだねぇ」と常に言われていて、他の血液型みたいな破天荒さや自由さを羨ましく思うような。そんな些細な気持ち。
    (わたしA型なんですけど、A型の皆様わかります?笑
    もしくは、「長女だからしっかりしてるね」も同様です笑)

    でも、ふと思いました。

    どん底を経験した人が偉くて、そうでない人は偉くないのか?
    どん底経験している人が偉いなんてことはない。そうじゃない。
    どん底経験した人でも、どん底から這い上がる人もいれば、そうでない人もいる。
    経験していない人でも、自ら挑戦を続け、自分の枠を超えていくような人もいる。

    私は今まで本当に何の苦労もせずに生きてきたのか?
    そんなことない。
    辛い思い出もたくさんある。我慢したり努力したり苦労して、今の自分を手に入れた。
    何でも勝手にうまくいっているんじゃない。私は私なりに成長してきた。

    すこし羨ましいと思った私の気持ちは、正しくない。
    苦労の度合いも、成長の度合いも、他の人と比較する必要はない。
    私の中には私にしかない経験が必ずあるのだから。

    さらにいえば、
    どん底経験があったから成長する人はいるけど、
    どん底経験がなくとも、人は成長できる。

    私は自分が「大したことない人間」であることを
    平凡な生活を送っているせいにしたいだけなのだ。

    降りかかってくる不幸という、外的要因任せにして成長できたらいいなっていう、環境任せというか他力本願みたいな、そんな考えであることに気が付いた。
    気が付いて自分がすこし恥ずかしい。

    そんなに成長したいなら、やったことのないいろんなことにチャレンジしてみればいい。
    自分に不幸が降りかかってないからと言って、成長を止めるのはおかしい。
    もっと能動的に成長していくことを考えたほうがよっぽどいい。

    経験してないことに嘆く必要はない。本を読めばいいし。
    経験がなくとも想像する努力はできる。

    経験をすれば自分の身に染みて経験値は上がると思う。
    けど、どんなことでも自分事として捉えて、まるで自分が経験したかのように吸収していく姿勢こそが一番成長につながるのではないだろうか。

    。。。まあ、それができればいいんですけど、なかなか難しいですよね笑

    しかも、他の人をうらやましいと思うことなんて、生きてたらざらにあるんで、あんまり気にしないのがよさそうです。

    と、最後はふわっとゆるっと終わります笑

    最後までお読みいただきありがとうございました。

     
     
    脳内思考垂れ流しnote。日常の気づきを拾う。 33歳会社員(在宅)/1歳4歳兄弟のママ/湘南住みの関西人/ゆるミニマリスト

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