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枕

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
現代の一般的な枕

枕(まくら)は、就寝時に頭部を載せて支持するための寝具である[1][2]。一般には、数センチから十数センチ程度の厚みをもつ小型の寝具で、頭部から首にかけてを支える。柔らかい布袋に綿、羽毛、ポリエステル、ウレタン、蕎麦殻、籾殻、小型の合成樹脂パイプなどを詰めたもののほか、木材・竹・陶磁器・石など硬質の素材で作られたものもある。

枕は、単に頭を置くための道具ではなく、マットレスや敷き布団と後頭部から首にかけてのすき間を埋め、立っているときに近い自然な姿勢を保つ役割をもつとされる[3]。また、冬季には首まわりから冷気が寝具内に入り込むのを防ぎ、寝床内の温熱環境を保つ役割もある。

枕は古くから、木枕、草枕、陶枕、箱枕、括り枕など多様な形態をとってきた[4][5]。日本では古墳時代の葬送用の枕状遺物が知られ、生活具としては『万葉集』にも草枕や木枕が詠まれている[4]。また、枕魂、夢、死、禁忌に関わる民俗的観念とも結びつき、語としては落語の導入部、和歌の枕詞など、寝具以外の意味にも広がった[5][6]。

名称と語義

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「まくら」の名称は古くから用いられ、『古事記』や『万葉集』には「麻久良」の表記がみえる[5]。語源については、纏座(まきくら)、頭座(あたまくら)、目座(まくら)、魂倉(たまくら)、真座(まくら)など複数の説がある[5][4][7]。このうち魂倉説は、睡眠時に魂が身体を離れて枕に宿るとする民俗的観念と結びつけて説明されることがある[5]。ただし、語源については諸説があり、確定したものではない。

漢字の「枕」は、音をチン・シン、訓を「まくら」「ねむる」とし、白川静『字通』では、人が枕して臥す形に関わる字と説明される[8]。同書では、訓義として「まくら、まくらする」「ねむる、ふす、安んずる」「のぞむ」「よこたえる、さまたげる、くびにあてる」などを挙げている[8]。また、古辞書では『和名類聚抄』に「万久良」の訓がみえ、『類聚名義抄』や『字鏡集』にも「マクラ」をはじめとする訓が掲げられている[8]。

「枕」は寝具としての意味から転じて、寝ている頭の方、寝ること、物の下に置く台、話や芸能の導入部などを指す語としても用いられる[9][10]。これらの派生的用法については、後述する。

歴史

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古代の枕とヘッドレスト

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古代エジプトの木製ヘッドレスト

現代の袋状の柔らかい枕だけでなく、古代には木・石・陶器など硬質の素材で作られた頭部支持具も用いられた。古代エジプトでは、袋状の柔らかい枕というよりも、木や石などで作られたヘッドレストが用いられた。メトロポリタン美術館の所蔵品解説では、古代エジプトのヘッドレストについて、睡眠時に首を支えるものであり、平たい底部と湾曲した上部を基本的な構成としていたと説明されている。このような硬質の頭部支持具は、現代の柔らかい枕とは形態が異なるが、頭部や首を一定の高さに支える道具として存在してきた[11]。

中国の枕と陶枕

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古代中国の陶器製の枕

中国では、陶磁器製の枕である陶枕のほか、玉枕、木枕、竹枕、籐枕、皮革製の枕、布製の括り枕、箱形の内部で香を焚く香枕など、さまざまな枕が用いられた[5]。漢代の古墓からは玉製の枕が出土した例があり、唐代には三彩陶枕、宋代には定窯陶枕などが作られた[5]。

中国の陶枕は、陶磁器製の寝具・頭部支持具であると同時に、中国陶磁の一分野としても位置づけられる[12][13]。唐時代には三彩陶枕が作られており、文化遺産オンラインには中国・唐時代8世紀の三彩陶枕が掲載されている[14]。また、上海博物館には北宋時代の定窯白釉透彫殿宇人物枕が所蔵されており、陶磁器製の枕が精巧な工芸品としても作られていたことを示している[15]。

宋代以降の陶枕には、磁州窯系の作例も多い[16]。ロイヤルオンタリオ博物館には、河北省磁県に関係する北宋・金代、12世紀前半の磁州窯系陶枕が所蔵されており、板状に成形した陶器に白化粧や釉を施した作例として確認できる[17]。また、ウォルターズ美術館は、宋代には宮廷から一般家庭まで日用品として陶磁器製品が用いられ、陶枕は髪形を保つ役割もあったと説明している[18]。

中国の枕は、夢や吉凶に関する俗信とも結びついた。悪夢を避けるため、虎頭枕や豹頭枕など奇獣の形に作り、悪夢を食わせる厭勝の具とする例もあり、これがいわゆる「獏の枕」の由来とされる[5]。また、枕は夢の世界に入る道具としても物語に現れ、『枕中記』における邯鄲の夢の説話は、その代表的な例である[5]。

日本の枕

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日本では、古墳時代の古墳から、被葬者の頭部を支えるために用いられた枕状の遺物が出土している。大阪府立近つ飛鳥博物館は、古墳時代の枕について、現在のような寝具としての枕とは異なり、これまでに確認されているものは主に死者のための枕であったと説明している[19]。古墳時代には、木製、石製、土製、土器を転用した枕、石棺底を加工した造り付けの枕などが作られた[19]。これらは、棺内に死者を安置するための道具であるとともに、古墳時代の葬送儀礼を考えるうえでの考古資料である。

古墳時代から飛鳥時代にかけて、枕状の遺物は各地で確認されているが、とくに古墳時代中期の常総地域では、常総型石枕と、その装飾品である石製立花が盛行した[19]。近つ飛鳥博物館は、石枕や石製立花などに残る痕跡から、古代の葬送儀礼である殯との関連が指摘されていると説明している[19]。また、同館の特別展では、木製枕、石枕、埴製枕、石棺に造り付けられた枕、玉枕や琥珀製枕の復元品などが紹介されており、素材や形態の多様性が示されている[19]。

埴製の枕の例として、藤田美術館が所蔵する重要文化財「埴製枕」がある。同館によれば、この埴製枕は奈良県天理市の燈籠山古墳から出土した古墳時代4世紀の資料で、被葬者の頭を支えるために作られた[20]。同資料では、裏面が船底形にカーブしており、割竹形の棺に納められていたと考えられること、朱で塗られ、鋸歯文や直弧文が刻まれていることが説明されている[20]。藤田美術館は、埴製の枕は出土例が少なく希少であるとしている[20]。

生活具としての枕については、『万葉集』に草枕や木枕が詠まれており、古代から木や草を素材とする枕が用いられていたことがうかがえる[4]。奥州平泉の中尊寺には、藤原一門に関わる錦包みの枕が伝わる[4]。木枕は杉、朴、黄楊、沈などで作られ、草枕は茅、菅、篠、薦、稲などを素材とした[4]。

日本の歴史的な枕は、大きく木枕系と薦枕系に整理されることがある[5]。木枕系には木枕、石枕、陶枕、籐枕などの硬質の枕が含まれ、中世までは木枕が多く使われた[5]。木枕には、角材や丸太を切っただけの素朴なものから、頭を載せる部分をくぼませたもの、外側を錦で包んだもの、蒔絵を施したものまであった[5]。また、寺社への参籠や雇人用には、一本の長い丸太を複数人で共用する枕も用いられた[5]。

薦枕系は、篠、菅、稲、蔓などを束ねたり、薦に編んで巻いたりしたものに由来する[5]。やがて、外側を絹などで作り、中に綿などを詰める形式が現れ、近世には俵形で両側に房を付けた括り枕が広く用いられるようになった[5]。括り枕は、錦、ビロード、木綿などの側地に、蕎麦殻などを詰めて作られた[5]。

箱枕の一種である垜枕

江戸時代になると、木枕系と薦枕系の要素をあわせた箱枕が普及した[5]。箱枕は、木製の箱や台の上に小さな括り枕を載せ、首のつけ根にあてて用いる枕である[5][4]。形が矢場の土手である垜(あずち)に似ることから、垜枕(あずちまくら)とも呼ばれた[5]。

箱枕は、男女とも髷を結うようになった近世の髪形と深く関係していた[5]。江戸時代には、男性の髷や女性の日本髪が発達し、兵庫髷、島田髷、勝山髷などが広まった。ことに元禄期以降、女性の鬢や髱が大きくなると、髪形を崩さないために箱枕の需要が高まった[4]。また、底の平らな安土枕に対して、船底枕のように揺れ動く形のものは、寝返りを打ちやすい枕として用いられた[4]。関ケ原町歴史民俗資料館は、こうした枕が嫁入り道具の一つとして数えられたこともあると説明している[2]。

引き出し付きの箱枕は、小物や小銭を収める収納具としても用いられた[4]。箱枕の括り枕には、絽や木綿の側地に蕎麦殻、籾殻、小豆などを入れ、髪油で布が汚れないように上に紙を置いて取り替えることもあった[4]。宿屋や遊里など多くの人が出入りする場所では、多数の枕を収める枕箱、すなわち入れ子枕も用いられた[4]。

このほか、近世には髪に香をたきこめるための香枕も用いられた。香枕は、枕の内部に香炉を置き、香をたく仕掛けを備えたもので、多くは表面に蒔絵を施した[21]。また、源氏香形の透かしをもつ木枕に引き出しを付け、その中に香炉を納める形式もあり、公家用から武家の嫁入り用となり、のちには遊里でも用いられた[5]。

枕はかなり早くから商品化したとされ、室町時代の『七十一番職人歌合』には、枕売りが籐枕を売る姿が描かれている[5]。江戸時代には、日向の籐の籠履枕、京都の籐枕、革枕、畳枕、獏形枕、黒塗枕なども名産とされた[5]。

近代以降は、髷を前提とする高い箱枕の必要性が薄れ、綿・羽毛・蕎麦殻・籾殻などを詰めた袋状の枕が広く用いられるようになった。明治以後、欧米文化の流入とともに、パンヤ、羽毛、ゴム、スポンジなどを用いた枕や、旅行用の空気枕、病気の際に用いる氷枕なども作られるようになった[4]。現代では、合成繊維、低反発ウレタン、合成樹脂パイプ、ラテックスフォームなど、多様な素材の枕が市販されている。

構造と種類

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枕は、素材や詰めものだけでなく、用途、支持する身体部位、形状、構造、高さ調節の有無、手入れの方法などによって分類できる。特許庁の意匠分類では、一般的就寝のために使用し、頭部を支持する道具を「まくら」とし、まくら用芯材で、カバーを付ければ枕となるものもここに分類している[1]。同分類では、空気枕、枕用芯材、指圧まくら、支持台付きのものなども「まくら」の例として扱われる一方、首まくら、腰まくら、足まくら、抱きまくらは「座布団及びクッション」の分類に含められている[1]。

一方、一般社団法人日本寝具寝装品協会の「まくら品質表示規定」では、まくらを「睡眠の際に使用し、頭部又は体の一部を支えるもの」と定義し、支える部位によって、頭部用まくら、肩用まくら、腰用まくら、足用まくら、抱きまくらに分類している[22]。

用途による分類

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用途や支持する身体部位による分類としては、頭部用まくら、肩用まくら、腰用まくら、足用まくら、抱きまくらがある[22]。頭部用まくらは、就寝時に頭部から首にかけてを支える一般的な枕である。肩用まくら、腰用まくら、足用まくらは、身体の一部を支え、寝姿勢や体位を補助する目的で用いられる。抱きまくらは、腕や脚で抱えるように使用する長形または大型の枕で、横向き寝の補助、姿勢保持、リラックスなどを目的として用いられる。

このほか、旅行用の携帯枕、乗り物で首を支えるネックピロー、机上での仮眠に用いる枕、授乳用枕、介護や体位変換に用いられる体位保持用の枕などもある。ただし、特許庁の意匠分類では、願書や図面の記載から医療専用として診療施設でのみ使用され、日常使いに向かないことが明らかなものや、矯正用・整体用・