捕手


捕手(ほしゅ)または、キャッチャー(英語: catcher)とは、野球やソフトボールにおいて投手の投球を受ける役割の選手である[1]。 また、その中で肩の強い選手のことを強肩という。守備番号は2。英略字はC(catcherから)。常にスターティングメンバー入りする捕手は特に正捕手(せいほしゅ)と呼ばれる。正捕手以外は全員「控え捕手」。
慣用句的に投手を支えるという意味から「女房役」と呼ばれ[注 1]、その連想から正捕手のことは「正妻」、または守備位置から「扇の要」や「司令塔」と表現される事もある。なお、捕手が野手に含まれるのは広義の場合に限られている。
クリケットではウィケットの前を陣取ることからウィケットキーパーまたはキーパーと呼ばれる。
概要
[編集]捕手以外の野手は投手が投げるまではフェアグラウンド上に守備位置を取ることと定められているが、捕手は野手の中で唯一ファウルグラウンドに守備位置が定められており、投手や野手とは逆の方向を向いて守備する。投手が投球動作を始め、その手からボールが離れるまで、捕手はファウルグラウンドに設けられたキャッチャーボックスに位置している必要がある。
捕手が他の野手と比較して大きく異なる点の一つに、マスクやチェストプロテクター、レガースなど防具を身に付け、投球を受けるために専用のキャッチャーミットを着用する点が挙げられる。これは、投球(ときとして投手の暴投)やファウルチップなどが身体に当たった際の怪我を防ぐためである。また慣用句的に「捕手として試合に出場すること」を「マスクを被る」、ないしは単に「マスク」と呼ぶこともある。防具を装備しているとはいえ、ファウルチップやクロスプレーで故障する可能性が高いポジションである[2]。また、「投手の的」としての役割があることから、大柄でがっちりとした体形の選手が務めることが多い[3]。コリジョンルールの導入により捕手と走者が接触する危険性はかなり下がったが、それでも脳震盪などの故障を負うこともある[4]。

通常は右投げの選手が起用されるポジションであり、左投げの捕手は極めて稀である[注 2][5]。これは「野球は競技人口に右打者が多いため、左投げでは二塁や三塁への送球時に打者が邪魔になり送球しにくく、特に三塁送球時は体をひねる無理な体勢となるため送球に支障がでる」「本塁へ帰ってくる走者との交錯時に利き腕である左腕側から走者が突入してくるため、タッチが遅れる上に故障の危険を伴う」「送球のために半身になると一塁側が見づらい[5] 」などの理由に加え、そもそも「肩が強く、ピッチングが組み立てられるだけの資質がある左投げの選手」はまずは投手として育成される例がほとんどであり[注 3]、小中学校の段階で左投げ捕手の道はほぼ断たれるのが現状であるからである。用具面でも「左投げ用のキャッチャーミットには既製品が無く特注になる」「チェストプロテクターの多くが右肩部分は可動だが左肩部分は固定されている」など、障壁となっている。なおソフトボールではクロスプレーや盗塁が禁止されているため、左投げの捕手でも支障は無い。
ベンチ入りする捕手の数は少なく、一般に2人から3人である。ただし、どの試合でもベンチ入り捕手を全て使うようなことは稀である。前述の通り、専門的な技術を要するために他の野手にはなかなか務まるものではなく、負傷退場などの最悪の事態に備えて最低1人は交代要員を残しておくためである。一方で、控え捕手までもが負傷退場するなどして守備につける捕手がいなくなった場合に備えて、本来は捕手ではないが過去に捕手の経験のある選手が、試合前などに捕手としての練習をするケースもある[注 4]。新田玄気、横山徹也など、チーム内の大半の捕手が負傷により出場できなくなった際に守備要員として一時的に現役復帰する例もある。日米野球のようなエキシビションでは最後に出場した捕手が負傷退場してしまった場合に、すでにベンチに退いた捕手が再出場できる規定が設けられることがある[6]。
特殊な例としては中嶋聡のように長期間に渡ってほぼコーチ専任のような実態で一軍に帯同しながら、緊急一軍昇格に備えた「保険」として選手登録されていた例がある。これは、日本ハムの一軍と二軍の本拠地がかけ離れた距離にあり、たとえ捕手を緊急で一軍昇格させる必要があっても地理的に困難なためであった。中嶋の現役終盤当時、北海道新幹線が道南まで開通する前であったため猶更であった。
ブルペンで投手の投球練習を補佐する専門の捕手をブルペン捕手という。
プロ野球選手において新人捕手が1年目からレギュラーになりづらい理由として里崎智也は、1軍投手2、3人の事だけ知っておけば取り敢えず正捕手として成り立つ高校野球と異なり、チーム全体にいる約30人の同僚投手の特徴・情報を把握してそれらの選手とコミュニケーションを取っておかなければならないこと、シーズン途中に入団して来た外国人投手の球をいきなり受けるなど初見の投手の投球に対応する捕球力が求められることなどを挙げている。特にチームを知るということは1日24時間の中で選手としてのスキルそのものの向上に励みながら行うのはまず完璧にはできないとしている。また、一軍レベルの最低限の守備力を身に着けるのがハードルであるともしている[7]。
日本プロ野球においては外国人捕手は非常に少ない[注 5]。理由としては味方投手の好不調の把握やコミュニケーションのための言葉の壁、配球や野手のデータを覚えてスコアラーと対策を考えたり、捕手が司令塔、試合を作る日本での立ち位置が挙げられている[8][9]。また、フリーエージェントによる他チームへの人材的流出や、日本人選手と比べてのチームへの忠誠度の違いからなるサイン漏洩のリスクも、日本プロ野球においてその数が少ない理由として指摘される。ただ、プロ野球リーグが創立した1936年から1960年頃までは、球種が少なく捕手とのサインが単純なもので済んだこと、打撃も当時のMLBのマイナーリーグレベルで十分日本球界に通用したことから外国人捕手が一定数確認されていた[10]。
投手を除く全8ポジションの中で最も負担の大きいポジションなので、特にMLBでは正捕手にもシーズン中に休養日が必ずといって良いほど設けられる。例としてジェイソン・ケンドールは捕手として全試合出場という目標を持っていたがそれは現役中には叶わなかった。
また、捕手はチームの戦略を任されている一人といえることから、放出した場合、その捕手を獲得した団に手の内が明るみになってしまうことになるので相当な事情でもない限りは捕手の放出やトレードが行われることはまずないとされている[11]。
MLBでは人種格差などの事情もあって、黒人の捕手は皆無に近い。事実、2018年の開幕戦に捕手として出場したのは全員が白人か中南米系の選手だった[12][13]。
役割
[編集]例が増えすぎる傾向があるので、名を出すのは3人以下にして下さい |
捕手は投手の投球を捕球する以外にも、配球(主にNPB)、送球、牽制、ブロックおよびチームの守備全体を指揮する役割など、多岐にわたる様々な役割を要求されるポジションである。
以下分野ごとに詳述する。
捕球
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捕手にとって最も重要な役割は投手の投球を捕球することである[14]。プロの投手の高速のボールや変化球をミスなく捕球するためには各種の捕球技術が必要とされている[15]。投手の投じる速球や変化球、時にはワンバウンドするものや暴投を捕球できず、後逸[注 6] することが多いと投手や監督から信頼されにくく[16]、走者がいる場合には、捕逸してしまうと相手に進塁や得点の機会を容易に与えてしまうからである。ワンバウンドなどの難しい球を捕球できない時にも、捕手は自分の体にボールを当ててでもボールを止め、後方へそらさないことが求められる[17]。
このため特に捕球が難しいナックルボール投手が在籍するチームではこれを捕球する能力に長けた専属捕手が存在する場合もある。例えばボストン・レッドソックスではティム・ウェイクフィールドの先発登板する試合では、打撃に優れる正捕手のジェイソン・バリテックではなく、捕球に優れる控え捕手(ダグ・ミラベリ、ケビン・キャッシュ、ジョージ・コッタラス)が必ず先発出場していた。
捕球時には打者のスイングを妨害してはならず、ミットがバットに触れた場合は打撃妨害と判定され、打者の一塁への安全進塁権が与えられる。
ミットやグラブを手から外してボールに触れさせてはならないのと同様、キャッチャーマスクを頭から外してボールに故意に触れさせると捕手にボークが宣告され、安全進塁権が与えられる (公認野球規則5.06(b)(3)(E))が、2021年にカート・カサリにこの反則が適用された[18]。
また、投球をミットで捕球した時の音(捕球音)を大きく響かせた方が投手は気分が良くなり、また捕球音が大きく響くと打者へ与える心理効果もあるため、できるだけ大きな「いい音」を立てて捕球することも、捕手に必要な捕球技術の一つとされている[19]。
捕手の捕球に必要とされている身体的条件は、俊敏性と下半身の柔らかさなどである[20]。低い投球を後逸しないように低く構えるためには下半身の柔らかさが必要であり[21]、投手の投球がそれても捕手が構えた姿勢から左右や上下に動いて捕球したり、打者がファウルチップした打球を後方へ逸らさず直接捕球するには、俊敏なフットワークが必要である。プロ野球の捕手に求められる「下半身の柔らかさ」とは、身体的には、筋力、筋肉の伸縮性、および、腰・膝・足首の関節の柔軟性(関節の可動範囲の広さ)を指している。梨田昌孝は「うまいキャッチングは投手の力を引き出し、球審も味方につけられる」と自著に記している[22]。捕手に最も必要とされる能力はこれらの捕球の能力・技術とされており、その他の能力(リード、肩、打撃など)が良くても、捕球に難がある捕手は、正捕手としては起用されないことが多い[23]。
フレーミング
[編集]フレーミング(Catcher Framing)とは、ストライクゾーンギリギリの投球、いわゆる「際どいボール」を捕球動作や捕球体勢などを工夫することによって審判に「ストライク」と判定させる捕球技術である[24]。盗塁阻止やブロッキングなど他の捕手の守備要素と比較しフレーミングは得点価値で大きな差が生まれる[25]ため、フレーミングは捕手の守備能力の中で最も重要なものといえる。
リード
[編集]リードとは、捕手が一球ごとに投手にサインを送り、コースと球種を指示する行為である。
日本プロ野球(NPB)の場合は、チームの年間試合数144試合の半数以上はエース級ではなくチームの4番目以下の多数の投手が登板しているため、力量の比較的劣る投手が投げる試合(全試合数の半数以上)[26]や投手が調子の悪い日[27] に試合に勝つためには、捕手が投手の力量・調子や試合の状況等を判断して投手をリードすることが重要とされている[28]。
これは投手との共同作業であるため、捕手は投手から信頼されることが重要であり[29]、捕手と投手(バッテリー)は互いに信頼関係を構築することが必要とされる[30]。なおNPBでは最も息の合ったバッテリーを表彰する賞として最優秀バッテリー賞が制定されている。
特定の投手が先発するときに限り専属捕手として正捕手以外の捕手を先発出場させたり、投手交代の際に捕手をも交代する場合がある。そのように試合途中から出場する捕手を「リリーフキャッチャー」「抑え捕手」と呼ぶこともある。
対戦チームのデータを生かして捕手が投手の配球をリードする現在の形が確立されたのは、鶴岡一人が監督を務めた時代の南海ホークスである。鶴岡(当時の姓は山本)は1954年、プロ野球で初の先乗りスコアラーとして尾張久次を採用し、当時はメジャーリーグにも無かった世界初の「データ野球」を導入したことで知られている[31]。
日本で初めて捕手のリードの重要性を一般に報道したのは報知新聞記者の宇佐美徹也であるとされている[32]。宇佐美は1979 - 80年に野村克也のリードに着目して過去の記録を調べなおし、王貞治がオールスターゲームで野村克也が捕手を務めているときに限り、30打席連続無安打であったことに気付いて捕手のリードの重要性を再認識し、これを紙上で発表した[32]。

また近年では投手からサインやリードが見にくい事で見落としやサイン違いを防止するため、マニキュアを塗ったり爪にテーピングを貼る捕手も増えている[33]
里崎はリードの優先順位を捕手において最下位に位置付けており、その重要性を否定している。その理由として「それって結局、試合に『勝つか負けるか』の結果論なんですよ。強いチームであれば、良いリードと評価され、チームが弱かったら、リードが悪いとなる。どれだけ勉強して、いい理屈を持っていても、勝てなければ評価されません。実は個人の能力評価でなくチームの能力評価なんです」と説明している[34]。
リードの根拠
[編集]NPBでは、捕手による投手リードにおいて、通常、以下の3つの要素[35]が重視されている[36]。
- 投げている投手に関すること:
- 投手の力量の高低[37]
- 投げられる変化球の種類や得手不得手[38]
- コントロールの良し悪し[39]
- 投手の性格(常に冷静なタイプか、打たれるとカッとしやすい性格か、ピンチでも強気な投手か、弱気になりやすい投手か、おだてて気分を乗せた方がよい投手か、叱責して気を引き締めた方がよい投手か、ペースに乗ってテンポよく投げたい投手か、じっくり落ち着いて投げることを好む投手かなど)[40]
- 投手のその日の調子[41]
- 投手の疲労度[42]
- その局面での投手の心理状態[43]
- 投手がある程度の割合でコントロールミスや失投をすることを想定した上で、たとえ打たれたとしても安打止まり、出来れば凡打にする配球[44]など
- 相手の打者に関すること:
- 試合の状況に関すること:
- 点差やその時の走者の状況[52]
- その打席での相手打者や相手ベンチの狙い
- 守っている味方の野手陣の守備力、足、肩 (どこへ打たせたいか、どこへ打たれたくないか)
- 球場の条件
捕手は、これらの諸要素を総合的に判断して打者への攻め方(投球)を組み立て、一球ごとの配球を考え、その配球を投手へ指示すると共に、味方の野手に守備位置やサインプレー等を指示する。
捕手はこれらの役割を負っているため、プロレベルの捕手は、
- 冷静さ:いかなる状況でも慌てたり短気にならない冷静さ・慎重さ[80]
- 記憶力:スコアラーから提供されたデータや過去の対戦での配球とその結果などを記憶しておく記憶力[81]
- 観察力:相手の打者・走者・ベンチの些細な動作などから相手チームの狙いやサインを見抜き[82]、投手の表情や動作などから投手の調子や疲労度[83][84]・心理状態などを察知する観察力[85]
などが重要とされている[86]。
捕手によるリードは、中学校野球部の捕手が共通して監督から指導されるようなセオリーがあり、プロにおいてもリードのセオリーと考えられているものがある[87]。捕手は、そのセオリーに個々の状況に応じて上記の様々な要素を加味して投手の投げる球種やコースを決めて投手に指示する。プロにおいては、名捕手と呼ばれる捕手のリードは必ずしもセオリー通りではない場合もあり個々の捕手によって独自のノウハウや個性もあるため「リードに絶対はない」とも言われているが、梨田昌孝は、「リードに絶対はないが、絶対に限りなく近いものはある」とし、それを追及していくためには、捕手は上記の様々な要素を常に観察して見抜く観察眼が重要であると自著に記している[88]。
このように、捕手は野球の守備において投手および守備陣をリードしチームの失点を防ぐ重要な役割を担っているが、捕手に必要な能力の第一はキャッチングの能力・技術とされ、日本のプロ野球チームにおいては、まず第一に投手のどんな投球でも捕球でき後逸しないことが捕手の必須の条件とされ、それに次いでリードの能力が重要であるとされている[89]。
CERA
[編集]指標としては、その捕手がマスクをかぶっている時の防御率、特に自軍のチーム防御率との比較するための捕手防御率(「CERA」、Catcher's ERA: Catcher's Earned Run Average)がある。
投手が同じでも、捕手が変わるとリードが変わり投手の投げる球種やコースが変わるため打たれ方が変わる[90]。どんな球を投げても打者に打たれないような優れた投手が投げる場合には、捕手がきちんと捕球さえできれば、どんなリードをしても打者をアウトにできる可能性があるが、一方、エース級ではない投手(チームの投手の大多数)が投げる場合は、捕手が要求した通りのコース・球種・球速のボールを投手が投げたとしても、捕手が相手打者の狙いを読み誤り、或いは、捕手のリード(配球)が相手に読まれており、投球が打者の狙い通りの球であった場合、プロの打者は狙っている球が来た場合は打てる[76]ため、安打や本塁打を打たれる確率が上がり、失点や防御率へ影響する。このため、捕手としての防御率であるCERAは主に同一チームの複数の捕手のリードの良否の比較に用いられるが、同一捕手でもシーズンごとの上下動が大きい場合もある。「そもそも(暴投や捕逸、盗塁阻止数に比べれば)リードが投手のパフォーマンスに与える影響などごく些細なものに過ぎない」と断じるアナリストも中にはおり、見方が分かれている[91]