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大連市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
中華人民共和国 遼寧省 大連市
上から時計回り:市街地のパノラマ、中山広場のシティバンク大連支店、大連国際会議中心、星海広場の挑月橋
上から時計回り:市街地のパノラマ、中山広場のシティバンク大連支店、大連国際会議中心、星海広場の挑月橋
上から時計回り:市街地のパノラマ、中山広場のシティバンク大連支店、大連国際会議中心、星海広場の挑月橋
別称:鯤城


遼寧省中の大連市の位置
遼寧省中の大連市の位置
遼寧省中の大連市の位置
中心座標 北緯39度02分 東経121度46分 / 北緯39.033度 東経121.767度 / 39.033; 121.767
簡体字 大连
繁体字 大連
拼音 Dàlián
カタカナ転写 ダイレン
国家 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
省 遼寧
行政級別 副省級市、計画単列市
成立 1899年
市委書記 胡玉亭
市長 陳紹旺
面積
総面積 13,237 km²
市区 2,415 km²
建成区(2024) 327.41 km²
海抜 29 m
人口
人口密度 598.94(2022) 人/km²
戸籍人口(2024) 609.2 万人
常住人口(2024) 754.4 万人
市区人口(2024) 626 万人
都市化率(2024) 83.04 %
経済
GDP(2024) 9516.9 億元
一人あたりGDP (US$ 17,647) 126,200元
電話番号 0411
郵便番号 116000
ナンバープレート 遼B
行政区画代碼 210200
市樹 エンジュ
市花 ロサ・キネンシス
公式ウェブサイト: https://www.dl.gov.cn/
大連のスカイライン

大連市(だいれん-し/ターリエン-し、中国語: 大连市、英語: Dalian City、旧名:ダルニー市[1]、ロシア語: Да́льний)は、中華人民共和国遼寧省の南部に位置し、中国五つの「計画単列都市」の一つで、15個の「副省級都市」の一つである。中国東北地方随一の港口・工業・観光都市であるのみならず、中国政府指定の東北アジア国際航運センターかつ、東北アジアの有数の国際金融・交通・物流センターである。

地理

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大連市はアジア大陸の東海岸に位置し、中国東北遼東半島の最南端にあり、東経120度58分〜123度31分、北緯38度43分〜40度10分にまたがり、この緯度付近には日本の仙台市、アメリカ合衆国のサンフランシスコ市、ワシントンD.C.、ギリシャのアテネ市がある。東は黄海、西は渤海、南は山東半島と海を隔てて向かい合い、北は広大な東北平野に隣り合っている。大連は東北、華北、華東地域が世界各地とつながる海上の門口であり、最も重要な港、貿易、工業、観光都市である。

面積と地形

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大連市の総面積は12,574平方キロメートルであり、うち旧市街区の面積は2,415平方キロメートルである。山地や丘陵が多く、平野や低地が少なく、地形は北から南へ傾き、北は広く、南は狭くなっている。地勢は中央から南東と北西部にある黄海と渤海へ傾き、黄海への斜面は長く緩やかである。長白山のある千山山脈は旧市街区を貫いており、地形のほとんどは山地や緩やかな低い丘陵であり、平野と低地は河川の水が海へ流れ込むところ及び山裾の谷地に点在するだけで、至るところでカルスト地形が目に付き、カルスト地形と海食地形が比較的に多い。

大連地区には主な水系として黄海と渤海の2つがある。碧流河、英那河、荘河、賛子河、大沙河、登沙河、清河、馬欄河などの大きな河川は黄海に流れ込み、渤海に注入する主な河川は復州河、李官村河、三十里堡河などである。そのうち、最も長い川は碧流河で、大連市街区の水源河となっている。また、200本余りの小さな河川もある。

周りの都市

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気候

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大連市は北半球の温暖地帯-ユーラシア大陸の東海岸にあり、気候は海洋性の特徴も兼ね備える暖温帯大陸性モンスーン気候に属し、冬は厳寒ではなく、夏は酷暑でもなく、四季がはっきりしている。年間平均気温は10.5℃、年間降水量は550〜950mm、日照時間は2500〜2800時間である。

大連 (1971-2000)の気候
月1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月年
平均最高気温 °C (°F) −0.4
(31.3)
1.4
(34.5)
7.2
(45)
14.6
(58.3)
20.2
(68.4)
24.2
(75.6)
26.6
(79.9)
27.3
(81.1)
23.9
(75)
17.5
(63.5)
9.7
(49.5)
3.1
(37.6)
14.6
(58.3)
日平均気温 °C (°F) −3.9
(25)
−2.1
(28.2)
3.2
(37.8)
10.2
(50.4)
16.0
(60.8)
20.3
(68.5)
23.4
(74.1)
24.1
(75.4)
20.3
(68.5)
13.8
(56.8)
6.0
(42.8)
−0.5
(31.1)
10.9
(51.6)
平均最低気温 °C (°F) −6.8
(19.8)
−5.0
(23)
0.2
(32.4)
6.6
(43.9)
12.2
(54)
17.2
(63)
21.0
(69.8)
21.6
(70.9)
17.4
(63.3)
10.6
(51.1)
2.8
(37)
−3.5
(25.7)
7.9
(46.2)
降水量 mm (inch) 8.9
(0.35)
5.8
(0.228)
12.1
(0.476)
24.7
(0.972)
47.0
(1.85)
83.2
(3.276)
140.1
(5.516)
155.4
(6.118)
65.1
(2.563)
29.0
(1.142)
20.0
(0.787)
10.6
(0.417)
601.9
(23.697)
% 湿度 56 56 55 56 61 73 84 81 69 62 60 58 64
平均月間日照時間 198.0 200.2 238.8 256.9 277.6 254.7 220.7 240.8 251.5 234.6 182.1 183.9 2,739.8
出典:中国气象局 国家气象信息中心(in Chinese) 2009-03-17

歴史

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ロシア領事館
大連賓館(旧大連ヤマトホテル)

魏晋の時代には三山と呼ばれ、唐代には三山浦、明清時代には三山海口、青泥窪口と称した。1880年代に清国が大連湾北岸に砲台を築き、都市が形成され始めた。

日清戦争後の1898年、三国干渉で清国を救済した見返りとして、旅順・大連租借条約で大連のある遼東半島先端部を租借する権利を得たロシア帝国が「ダーリニー」(Да́льний; 「遠い」、ダルニー)と名づけた。真冬でも凍結しない港はロシアでは貴重であったため、巨額の資金を投入して東清鉄道を建設してシベリア鉄道と連絡させ、港の整備を開始した。またフランスのパリをモデルにした都市計画を作成し、郊外の旅順には要塞を建設した。

しかし、1904年に勃発した日露戦争は日本優位のまま終戦となり、戦後の1905年ポーツマス条約により遼東半島先端部の租借権はロシアから日本に移った。日本では清朝の地名「大連湾」から「大連」が都市名として採用された。これはロシア名のダルニーと発音が似ていることにもよる。

ロシア時代は、鉄道の建設が終わったばかりで港は整備中であり、線路の港寄りの街路と一部の建築物ができた状態で、人口は4万人程だった。日本政府は、大連を貿易都市として発展させるため「大連市区計画」を策定、関東都督府と南満洲鉄道にインフラの整備を続行させ、港湾施設を拡張した。またロシアの作成した都市計画を踏襲して西洋風の建築物が立ち並ぶ街路と市電を建設した。1920年代には現在の大連駅とその駅前一帯が整備され、中心市街がほぼ現在の形になった。

日中戦争が1937年に勃発したが、1940年には大連の人口は60万人を超え、アジア有数の貿易港となった。日本人居住者は約20万人で、大連の政治家や公務員の大半が日本人であったため、支配層と見られていた。これは隣接する満洲国の主要都市でも同じような状況であった[2]。

日本統治時代の大連に関しては、アカシアの並木道が代表的なシンボルとして挙げられ[3]、清岡卓行の芥川賞を受賞した『アカシヤの大連』をはじめとする一連の作品群、鮎川哲也の「ペトロフ事件」などにおいて描かれていることでも有名である。

第二次世界大戦末期の1945年4月5日、ソ連から日ソ中立条約不延長通告があったが1年間の有効期間が残っていた。有効期間中にもかかわらずソ連赤軍が8月9日に対日参戦。8月22日にはソ連は大連を占拠した。同年9月に戦争終結後も、同年8月に結ばれた中ソ友好同盟条約に基づきソ連は大連港を旅順港や南満洲鉄道と共に引き続き管理下においた。このために、国共内戦下でも国民党側の支配下に入ることはなかった。中華人民共和国に返還されるのは1950年2月の中ソ友好同盟相互援助条約によってである。1951年に旅順市を合併し、旅大と改称したが、1981年に元の大連に名前を戻している。

1990年代の改革開放経済のもと、中国東北部の中でも特に目覚しい経済的発展を遂げている。

地名の変わり

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中国地名の変遷
建置 1945年
使用状況 大連市
現代大連市
旅大市(1951年)
大連市(1981年)
大連の名の変わり
時代名
漢代幽州・遼東郡・沓県[4]・三山浦郷
唐代河北道・安東都護府・東沓県・青泥浦郷
明代山東省・登州府・東沓県・青泥窪郷
清代関東州・大連市
近代旅大市
現代遼寧省・大連市
大連市中心部の新古地名対照
(旅順の新古地名対照も参照)
現名元名
(日本時代)
現名元名
(日本時代)
現名元名
(日本時代)
中山広場大広場
(ニコライェフスカヤ広場)
人民広場長者広場港湾広場東広場
二七広場千代田広場三八広場朝日広場五四広場黄金広場
友好広場西広場民主広場敷島広場解放広場大正広場
勝利広場駅前広場北海公園北公園労働公園中央公園
老鱉湾春日池民沢公園児童遊園地中山公園聖徳公園
明沢湖鏡池星海公園星ヶ浦植物園彌生池公園
大連市人民政府関東州庁自然博物館満蒙資源館芸術展覧館中東鉄路輪船公司
第十六中学今常高等小学青泥窪橋小学常盤小学第八中学霞小学校
中山区中心小学大連音楽学校理工大学化工学院大連一中五四路小学大連盲唖学校
民生小学松林小学大連鉄路分局南満鉄道株式会社勝利橋郵局大連中央郵局
第二十四中学春日小学第四十八中学大正小学東北路小学聖徳小学
第二中学南山麓小学第二十中学大連彌生高等女学校水仙小学大連昭和高等女学校
海校大連三中第七十一中学日本橋小学児童医院大連児童保健所
大連大学附属中山医院満鉄大連病院医大第一付属医院赤十字病院造船場医院亜細亜旅館
大連賓館大連ヤマトホテル大連飯店遼東旅館南山賓館満鉄高級職員別墅区
秋林女店三越株式会社大連支店大連商場大連市場天津街百貨商店幾久屋
大連煤気公司大連瓦斯株式会社大連機車車輛満鉄沙河口工場実験劇場帝国館
友好電影院太陽館進歩電影院中央映画館工人劇場宝館
鉄路文化宮協和会館五金交電商店勝又洋服店盛道玻璃製品場南満硝子株式会社
大連電業局大連電業株式会社大連歌舞団白俄総督公館大連船舶重工集団大連船渠
民生街奧町上海路北大山通七七街桜町
智仁街桜花台星海一站月見ヶ岡白山路真金町
延安路播磨町万歳街薄町海港大院碧山荘
長春路菖蒲町魯迅路東公園町西安路大正通
大連站大連駅新起屯大房子武昌街逢板町
振工街福星街黄河路恵比須町東北路回春街
秀月橋鶴舞橋香爐礁香爐屯大連人民体育場大連運動場
朝陽街朝日町春柳春柳屯解放路春日町
葵英街初音町八一路長春台鞍山路長安街
老虎灘橋汐見橋青泥窪橋常盤橋中山路常盤町
長江路監部通友誼街京極通世紀街紀伊町
富国街裙裾野町小竜街静ヶ浦金家街金家屯
天津街浪速町玉華街蔦町昆明街若狹町
人民路山県通太原街上葵町聯合路王陽街
兴隆街 連鎖街

現代

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行政

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遼寧省の大都市である。

大連市政府は、中山路の人民広場の北側の主要ビル(もとの関東州庁)および市内各地のビルにある。その組織には、商業局、外国経済貿易局、衛生局、情報(信息)産業局、警察(公安)、宗教、科学技術局などがあり、区レベルの該当部署とも連絡を取りながら事務を司る。大連市の最近の産業政策としては、2003年に「大・大連計画」を発表し、4つの基地(石油化学工業、造船工業、現代設備製造工業、電子産業基地)と1つの中心(航運中心=物流センター)になるように努めていて、2004年には「旅順南路ソフトウェア産業地帯」を発表し、大連ソフトウェアパーク第2期などを進めている。また渤海に浮かぶ中国北部で最大の島といわれる長興島の開発も進めている。

行政区画

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大連市は以下の7市轄区・2県級市・1県から構成されている。

大連市の地図
名称 カタカナ 面積
(平方キロメートル)
戸籍人口
(2007年[5])
市轄区
西崗区 シーガン 23.94 307,123
中山区 ジョンシャン 40.10 353,775
沙河口区 シャーフーコォウ 34.71 642,954
甘井子区 ガンジンズー 451.52 704,356
旅順口区 リューシュンコォウ 512.15 208,874
金州区 ジンジョウ 1,352.54 717,169
普蘭店区 プーランディエン 2,769.90 826,619
県級市
瓦房店市 ワーファンディエン 3,576.40 1,025,262
荘河市 ジュアンフー 3,655.70 921,496
県
長海県 チャンハイ 156.89 74,225
全市 12,573.85 5,781,853

旧来からの大連にあるのが、中山、西崗、沙河口、甘井子の4区であり、俗に「市内4区」と呼ばれている[6]。中山区は大連駅から東側の旧市街で、中山広場、大連港などがある。西崗区は駅の西側の旧市街で、市政府(=市役所、旧関東州庁)等がある。沙河口区と甘井子区はもともと住宅地区であったが、大連周水子国際空港、大連高新技術産業園区、大連ソフトウェアパークもあり、近年商業化・市街化が進んでいる。

北郊外の金州区(開発区・保税区を含む)と西郊外の旅順口区は、それぞれ金州駅・開発区金馬路と軍港近くの市街区域以外はほぼ農村・漁村で、そこへ大学・工場が建設されている。

普蘭店区、瓦房店市、荘河市の北方2市は普蘭店駅、瓦房店駅、荘河市街区を除いてはほぼ農村・漁村であるが、工場の進出も始まっている。長海県は黄海に浮かぶ諸島で大連港と皮口からフェリーが運行している。また2008年度より大連周水子空港より飛行機にて行く事も可能となった。

上記の通り、大連広域市は区・市・離島を含む行政区域の構成をしており、広域市全体の人口は600万弱。また、戦前の日本租借地(関東州)は、現在の大連広域市の南半分で(ほぼ普蘭店駅と皮口を結ぶ線の南側)、現在のほぼ7区の範囲に当たり、北方2市は満洲国に属していた。

なお、経済発展の牽引が目的で功能区が設けられている。

金州新区
2010年4月29日成立。金州区、大連経済技術開発区、大連金石灘国家旅遊度假区が属する。この地域には「大連金州新区管委会」、「大連市金州区人民政府」、「大連経済技術開発区管委会」、「大連金石灘国家旅遊度假区管委会」と異なる管理組織があるが、全体統括は「大連金州新区管委会」が行なっている。なお、保税区、二十里堡街道、亮甲店街道、三十里堡街道、石河街道はこの地区に属していない。
普湾新区
2010年5月27日成立。「大連普湾新区管委会」と「普蘭店市人民政府」と異なる管理組織があるが、全体統括は「大連普湾新区管委会」が行なっている。旧・金州区三十里堡街道、石河街道、旧・瓦房店市炮台鎮、復州湾鎮、大連松木島化工園区などはこの地区に属している。
大連保税区
2010年6月11日成立、「大連保税区管委会」が管理している。旧・金州区二十里堡街道、亮甲店街道、大連大窯湾保税港区、大連保税物流園区などはこの地区に属している。
大連長興島経済技術開発区(大連長興島臨港工業区)
2010年6月22日成立。2010年4月に国務院の批准を受け、国家級経済技術開発区に昇格。旧・瓦房店市長興島街道、交流島街道はこの地区に属している。
大連長山群島旅遊避暑度假区(大連長山群島海洋生態経済区)
2010年4月9日成立、長海県と合同で業務を行なっている。

年表

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この節の出典[7][8][9]

旅大行署区

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  • 1949年10月1日 - 中華人民共和国旅大行署区が成立。大連市・大連県・旅順市・金県が発足。(2市2県)
  • 1949年11月10日 - 金県の一部が分立し、長山県が発足。(2市3県)
  • 1950年12月1日 - 旅大行署区が直轄市の旅大市に昇格。

旅大市

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遼寧省旅大市

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  • 1954年6月19日 - 旅大市が遼寧省に編入され、遼寧省旅大市となる。(7区)
    • 旅順市・金県・長海県が省直轄県級行政区となる。
  • 1954年8月10日 - 旅順市・金県・長海県を編入。(7区1市2県)
  • 1956年5月25日 - 営城子区・小平島区が合併し、大辛寨子区が発足。(6区1市2県)
  • 1958年12月20日 - 遼陽専区新金県・復県、安東専区荘河県を編入。(6区1市5県)
  • 1959年3月8日 (4区1市5県)
    • 嶺前区が中山区に編入。
    • 大辛寨子区が沙河口区・甘井子区・旅順市に分割編入。
  • 1960年1月7日 - 旅順市が区制施行し、旅順口区となる。(5区5県)
  • 1965年12月16日 - 復県・金県・新金県が遼南専区に編入。(5区2県)
  • 1965年12月27日 - 荘河県が丹東市に編入。(5区1県)
  • 1968年12月26日 - 遼南専区金県・復県・新金県、丹東市荘河県を編入。(5区5県)
  • 1981年2月9日 - 旅大市が大連市に改称。

遼寧省大連市

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  • 1983年9月16日 - 金県の一部が甘井子区に編入。(5区5県)
  • 1985年1月17日 - 復県が市制施行し、瓦房店市となる。(5区1市4県)
  • 1987年4月21日 - 金県が区制施行し、金州区となる。(6区1市3県)
  • 1991年11月30日 - 新金県が市制施行し、普蘭店市となる。(6区2市2県)
  • 1992年9月21日 - 荘河県が市制施行し、荘河市となる。(6区3市1県)
  • 2004年9月11日 - 長海県の一部が荘河市に編入。(6区3市1県)
  • 2013年1月8日 - 普蘭店市の一部が瓦房店市に編入。(6区3市1県)
  • 2015年10月13日 - 普蘭店市が区制施行し、普蘭店区となる。(7区2市1県)
  • 2016年2月19日 - 普蘭店区の一部が金州区に編入。(7区2市1県)

政治

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大連のリーダーシップ
名前性別出生年月職務
胡玉亭男1964年7月市委書記
陳紹旺男1971年2月市長
  • 在瀋陽日本国総領事館在大連領事事務所 がある。
  • その他、米国、韓国などの領事館もある。
  • 日本の製造業関連企業が多く進出している関係で、首都圏の他は、特に中部地方名古屋市との経済的繋がりが深い都市である。転勤などにより、名古屋市在住の大連出身者も多い。

経済

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大規模な新ショッピングセンター(2005年8月)
大連老虎灘海洋公園(2007年3月)

農業・漁業

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大連はもともとは農業・漁業が主体の土地であって、いまも農業ではトウモロコシ、野菜、リンゴ・サクランボ・モモなどの果物の栽培が盛んである。漁業は特に盛んで、現在は各種の海水魚の捕獲、コンブ・ワカメ・帆立貝・ウニなどの養殖が行われ、日本・韓国への輸出も多い。

重・軽工業、化学工業、流通業

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大連は日本統治時代から造船(大連汽船)、鉄道車両の製造(南満洲鉄道の沙河口工場)などが存在したが、戦後、重・軽工業、化学工業も盛んになった。貿易港として発展した経緯から、流通業も盛んで、中国の主要流通業者の支店がある。

大連は中国第3の港湾都市で、大連港は中国東北地方の代表的な港で、中国最大の石油輸入港でもある。過去には世界銀行の援助も受けながら整備が進んできた。2003年の輸出総額95.3億米ドル、輸入総額77.7億米ドルであった。2005年北郊外の大孤山半島で最新港(おもに鉱石・石油の輸出入)の使用も始まっている。東北地方への鉄道の出発点である大連駅、大連国際空港、高速道路網と相まって、大連は巨大な流通センターとなっている。

大連経済技術開発区

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1978年に始まった改革開放政策の一環として、1984年に北郊外の金州区の東半分が「大連経済技術開発区」に指定されている。詳しくは、「大連経済技術開発区」のページを参照。

外国企業、特に日本企業の進出が著しい。