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品川駅

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品川駅
高輪口全景(2011年5月)
しながわ
Shinagawa
地図
所在地 東京都港区
所属事業者
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港南口(2022年4月)

品川駅(しながわえき)は、東京都港区高輪三丁目および港南二丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東海旅客鉄道(JR東海)・日本貨物鉄道(JR貨物)・京浜急行電鉄(京急)の駅である。

山手線南部のターミナル駅で乗降人員は港区最多の78万人(2023年)、これは国内8位で北千住駅に次ぐもの[注 1]で、世界有数の利用者数を誇る[1][注 2]。

概要

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駅名は東海道の宿場町である品川宿に由来するが、所在地は品川区ではなく港区である(後述)。

駅東側の港南口はもともと戦前からの埋立地として企業の工場や倉庫などが立ち並んでいたような場所だったが、1998年(平成10年)に旧国鉄品川駅東口貨物ヤード跡地に品川インターシティと呼ばれる大規模な複合商業ビル群が開業。

2003年(平成15年)に東海道新幹線の品川駅が開業して以降は、再開発により大規模なオフィスビルやタワーマンションを中心とした超高層ビル街へと発展し、駅利用者数が大幅に増加した。京急線で羽田空港に乗り換えなしでアクセスできることや、さらに東海道新幹線の駅の開業により中京圏・近畿圏とのアクセスが大幅に向上したこともあって、港南口を中心に企業の本社などの集積が進んでいる。もともとの表玄関であった駅西側の高輪口はプリンスホテル(西武グループ)などの大規模なシティホテルがいくつも集積しているとともに、高級住宅街が広がっている。

2030年代半ばの開業を目指し東京メトロ南北線の当駅への延伸工事が進められている[報道 1][報道 2]。また、建設が進められているJR東海リニア中央新幹線の首都圏側の始発駅となる予定であり、中京圏や近畿圏へのさらなるアクセス向上が期待されている。

乗り入れ路線

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JR東日本の在来線各線(後述)、JR東海の東海道新幹線、京浜急行電鉄(京急電鉄)の本線が乗り入れる。全国でも有数の規模のターミナル駅である。

JR東日本の駅に乗り入れている路線は、線路名称上は東海道本線と山手線の2路線で、そのうち、東海道本線を当駅の所属線とし、山手線は当駅が起点となっている。東海道本線は川崎駅経由の本線と新川崎駅・西大井駅経由の支線(通称:品鶴線)とが当駅で分岐する。この中で東海道本線東京駅方面を除く3方向ではJR貨物が第二種鉄道事業者として貨物営業を行っている。旅客列車の運転系統は次の4系統であり、それぞれ専用の線路が割り当てられている。旅客案内でも以下の系統名称が使用される。

京浜急行電鉄は、当駅を経由し、都営地下鉄浅草線、京成電鉄、北総鉄道北総線、芝山鉄道芝山鉄道線まで最大で5社の相互直通運転を実施している。

JR品川駅の事務管コードは、▲460106である。

JR東日本・JR東海の駅は、特定都区市内制度における「東京都区内」および「東京山手線内」に属する。

歴史

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駅周辺の白黒空中写真(1963年6月)
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成

品川駅の西口側は三田 - 高輪台に跨る台地の裾野に位置する。開業当初、線路は海岸線に沿って建設され、線路よりも東側は海(東京湾)だった。港南側の大部分は明治時代以降に埋め立てにより造成された土地である。

日本初の鉄道として知られる新橋 - 横浜間の正式開業は1872年10月14日(明治5年9月12日)、一般運輸開始は翌10月15日(旧暦9月13日)からであるが、これに先行して同年6月12日(旧暦5月7日)に品川 - 横浜間で仮開業しており、乗務員の訓練が行われた。

国鉄・JR

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1891年の東京市芝区の地図(品川駅は右下端)
1979年の空撮写真。品川機関区が設置されていた。
  • 1964年(昭和39年)10月1日:コンテナ貨物の取り扱いを開始。東海道新幹線が開業し、品川信号場が設置される[8]。
  • 1965年(昭和40年)7月31日:駅構内で山手線内回り電車がポイントを通過中の回送電車に側面から衝突。15人負傷[新聞 1](詳細は山手線品川駅列車衝突事故を参照)。
  • 1973年(昭和48年)10月1日:尻手短絡線の建設に伴い、南武線尻手 - 新鶴見操車場 - 品川に営業キロが設定される。
  • 1976年(昭和51年)10月1日:総武快速線が当駅まで乗り入れ[9]。
  • 1980年(昭和55年)10月1日:総武快速線と横須賀線の運転系統が統一され、直通運転を開始(SM分離)[9]。一般向けコンテナ・車扱貨物の取り扱いを全廃。駅南東に広がっていた貨物ホーム撤去。これに伴い、横須賀線は東海道線ホーム発着ではなくなった。
  • 1986年(昭和61年)11月1日:荷物の取り扱いを廃止[5]。
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、国鉄の駅はJR東日本・JR貨物の駅となる[5]。東海道貨物線品川 - 浜川崎 - 鶴見間が品川 - 浜松町 - 浜川崎と鶴見 - 八丁畷に整理、南武線尻手 - 新鶴見操車場 - 品川の営業キロが廃止された。
  • 1990年(平成2年)
  • 1994年(平成6年)12月3日:貨物列車の設定がなくなる[5]。
  • 1995年(平成7年)3月28日:東西連絡通路の起工式[新聞 2]
  • 1996年(平成8年)10月1日:東海道貨物線 品川 - 浜松町が廃止。
  • 1997年(平成9年)5月26日:東海道新幹線の品川新駅の起工式を挙行[11]。
  • 1998年(平成10年)
    • 3月26日:構内のJR貨物品川機関区が川崎貨物駅構内に移転し、川崎機関区(現・新鶴見機関区川崎派出)に改称[12]。
    • 11月1日:東西連絡通路(レインボーロード)が完成し、橋上駅舎化[新聞 3]。
      • これ以前には、当駅には線路を越えて東西を結ぶ自由通路が設置されておらず、東口方面と西口方面を歩いて行き来するには入場券を購入して駅の改札内を経由する必要があった[新聞 3]。その関係で当駅には定期入場券を購入する利用者が多く存在していたが、東西連絡通路の完成で解消された。
      • かつての品川駅には、西口改札を入って左にある階段を降りたところにJR線の各ホームへ向かう連絡通路が設置されていた。この連絡通路は地下にあったため豪雨で冠水することがあり、これが原因で列車の運行に支障をきたしたこともあったが、駅の橋上化により解消された。
  • 2001年(平成13年)
  • 2002年(平成14年)6月12日:東海道線ホームの発車メロディを『鉄道唱歌』に変更[13]。
  • 2003年(平成15年)10月1日:JR東海の東海道新幹線品川駅が開業[14]。開業記念セレモニーの一環で、ソニーの「QRIO」が当駅から静岡駅までロボットとして初めて新幹線に乗車した[15]。
  • 2004年(平成16年)3月3日:港南口駅ビル(JR品川イーストビル・アトレ品川)が開業[報道 4][16]。
  • 2005年(平成17年)10月1日:エキナカ商業施設「エキュート品川」が開業[報道 5][17]。
  • 2008年(平成20年)3月15日:JRグループのダイヤ改正により、東海道新幹線は全列車停車となる[18]。また、横須賀線新ホームの使用を開始し、当駅始発・終着列車が新設される。
  • 2010年(平成22年)12月28日:エキナカ商業施設「エキュート品川 サウス」が開業[新聞 5]。
  • 2013年(平成25年)10月16日・11月:商業施設「アトレ品川」の2階(ノースエリア)がリニューアル[報道 6]。
  • 2014年(平成26年)7月11日:商業施設「アトレ品川」の4階(レストランフロア)がリニューアル[報道 7]。
  • 2016年(平成28年)8月11日:山手線の1・2番線ホームでホームドアの使用を開始。
  • 2018年(平成30年)12月15日:京浜東北線5番線ホーム(大船方面)でホームドアの使用を開始[報道 8]。
  • 2019年(平成31年・令和元年)
    • 3月16日:ダイヤ改正により、山手線内回り最終列車到着時刻が午前1時19分から午前0時52分に繰り上げ(品川駅改良工事に伴う留置線廃止予定による)[新聞 6]。
    • 11月16日:品川駅改良工事と高輪ゲートウェイ駅の開業工事に伴う線路切換工事のため京浜東北線と山手線の一部区間が運休[報道 9]。
    • 11月17日:商業施設「ルミネ ザ・キッチン品川」が閉店[報道 10]。
  • 2020年(令和2年)
    • 3月19日:JR品川イーストビル内にて、駅ナカシェアオフィス「STATION WORK」のブース型「STATION BOOTH」が開業[報道 11]。
    • 4月28日:京浜東北線4番線ホーム(大宮方面)でホームドアの使用を開始[報道 12]。
  • 2021年(令和3年)
  • 2025年(令和7年)

京急

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駅名の由来

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古くからの当地の周辺地名、東海道の宿場町品川宿およびその北側の江戸湾沿岸部の呼称品川湊に由来する。江戸時代は江戸湾内での海上旅客交通にも規制があり、品川宿の伝馬制度を保護する目的で、大山参詣や富士山参詣などで江戸湾を船で南下して神奈川方面へ向かう旅客もそのまま海路で直行できず、品川宿入口の北側(八ツ山または谷ツ山)で下船し陸路東海道品川宿を通って神奈川宿方面に向かうよう規制されていた。また、品川宿があった目黒川河口付近(利田神社付近が砂嘴の先端部)より北側の江戸湾は浅瀬で外洋航路の大型船は入船できず、この付近では外洋航路の大型船から小型船に積み荷を載せ替えが行われ、海上交通の結節点として船舶で賑わった(品川湊の項も参照)[26]。

品川駅の所在地は東京都品川区ではなく東京都港区であるが、これは開設当時、目黒川河口付近が「品川湊」と呼ばれていたこと、また、品川駅計画時点ではこの地域が「品川県」であったことによる。

駅構造

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西側から京急、JR東日本、JR東海と大きく分けて3つの部分で構成される。

JR東日本

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JR東日本 品川駅
コンコース(2022年4月)
しながわ
Shinagawa
 SGW 

所在地 東京都港区高輪三丁目26-27
北緯35度37分41.6秒 東経139度44分19.3秒 / 北緯35.628222度 東経139.738694度 / 35.628222; 139.738694 (JR東日本 品川駅)座標: 北緯35度37分41.6秒 東経139度44分19.3秒 / 北緯35.628222度 東経139.738694度 / 35.628222; 139.738694 (JR東日本 品川駅)
所属事業者
電報略号 シナ
駅構造 地上駅(橋上駅)
ホーム 8面14線
乗車人員
-統計年度-
[JR東 1]287,939人/日(降車客含まず)
-2024年-
開業年月日 1872年6月12日(明治5年5月7日)
乗入路線 5 路線
所属路線 ■東海道線[* 1]
(東海道本線列車線)
(■■常磐線直通含む)
駅番号 JT03
キロ程 6.8 km(東京起点)
◄JT 02 新橋 (4.9 km)
(11.4 km) 川崎 JT 04►
所属路線 ■京浜東北線[* 1]
(東海道本線電車線)
駅番号 JK20
キロ程 6.8 km(東京起点)
大宮から37.1 km
◄JK 21 高輪ゲートウェイ (0.9 km)
(2.4 km) 大井町 JK 19►
所属路線 ■山手線[* 1]
(山手線電車線・東海道本線電車線)
駅番号 JY25
キロ程 0.0 km(品川起点)
◄JY 26 高輪ゲートウェイ (0.9 km)
(2.0 km) 大崎 JY 24[* 2]►
所属路線 ■横須賀線[* 1]
(東海道本線地下別線・品鶴線)
駅番号 JO17
キロ程 0.0 km(品川起点)[* 3]
東京から6.8 km
◄JO 18 新橋 (4.9 km)
(3.6 km) 西大井 JO 16[* 2]►
備考
  1. 1 2 3 4 線路名称上は、山手線大崎方面は山手線、他は東海道本線。
  2. 1 2 湘南新宿ラインなど新宿方面の列車が運賃計算上直通運転。
  3. ↑ 品鶴線の起点として。
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駅長・助役配置の直営駅で、当駅のほかに大井町駅と高輪ゲートウェイ駅を管理している[27][28]。当駅の駅長が当駅所在の品川営業統括センターのセンター長を兼任し、当センターは山手線の田町駅から当駅まで、横須賀線の西大井駅、京浜東北線の大井町駅を統括している[29]。構内の中央に位置し、西側から山手線、京浜東北線、東海道線、横須賀線のホームがある。島式ホーム6面12線と単式ホーム2面2線で構成され、西から1番線、3番線 - 15番線と並ぶ。東海道線は6・12番線が本線である。京浜急行電鉄と1・2番線ホームの間には山手線の留置線が6本あったが、京急本線の連続立体交差事業に先立ち2019年(平成31年)3月に廃止された[30]。また、東海道下り本線にある電留線(札の辻群線3 - 22番)や洗浄線(白金群線)などは当駅構内の所有である。本線からの到着以外のルート構成は品川駅にある高輪信号所が扱っている。

みどりの窓口、駅たびコンシェルジュ、多機能券売機が設置されている[31]。このほか、指定席券売機が、みどりの窓口内、中央改札、北改札、南乗換口に設置されている[31]。

改札内コンコースは、駅の北側と南側にそれぞれ東西に伸びるものがある。中央にある改札外のコンコースで分断され、直接にはつながっておらず、両コンコース間をホームや改札を通らずに行き来することはできない。

南側の改札内コンコースの西側には京急のきっぷうりばや京急連絡改札口があり、京急の下りホームに直結している。構内には駅ナカ商業施設として「エキュート品川」がある。

1番線の東京寄りに、山手線の0キロポストがある。1番線ホームに設置されている鉄道発祥の地記念プレートは、映画『ゴジラ』で品川駅がゴジラに襲撃されたことにちなみ、ゴジラを模した図案となっている[32]。

9・10番線はかつて7・8番線と共に臨時ホームとして機能していて、戦前は軍用列車が、戦後は団体列車など臨時列車の発着ホームとして使われていた。また東海道線が早朝・深夜に設定している当駅発着の列車も臨時ホームを使用していた。時折行われるジョイフルトレインなどの鉄道車両の展示イベント以外に、東海道線や横須賀線のダイヤ乱れの場合にはこのホームが使用され、湘南新宿ラインが大崎駅ではなくこのホームを使用することもある。2015年(平成27年)3月14日からは上野東京ラインが使用し、主に常磐線が発着するホームとして機能している。

上野東京ラインの開業により、常磐線の始発駅となっていることから、利用客の待ち合わせも多いこともあり、大型ディスプレイと複数のベンチを並べた待合スペース(仕切り等なしの屋外型)が設けられている。同日の上野東京ライン開業日には、開通記念セレモニーが9・10番線ホームで行われ、最初の列車となった「ひたち」1号の先頭車両10号車付近のホーム上に赤絨毯等を敷いてイベントスペースが設けられた。

上野東京ライン開業前の臨時ホームの駅名標は、両隣の駅が川崎駅・新橋駅と東海道線に準拠した表示になっていた。また、下り方は東海道線以外に横須賀線(西大井方面)・山手貨物線(渋谷・新宿方面)の発着が各番線で可能である。

第二次世界大戦前、鉄道省では品川 - 東京間に複線を増設し、京浜線(のちの京浜東北線)の急行(快速に相当)と横須賀線を走らせる「京浜急行線計画」が存在していた。その計画では、1番線が山手線内回り、2番線が山手線外回り、3番線が京浜緩行線北行、4番線が「京浜急行線」北行、5番線が京浜緩行線南行、6番線が「京浜急行線」南行、7・8番線が東海道線上り、9番線が横須賀線上り、10番線が横須賀線下り、11・12番線が東海道線下りとなる予定であった。臨時ホームはこの計画に基づいて建設されたものである。この計画は対米戦により未成に終わったが、その一部は、京浜東北線と山手線の分離運転(「東京縦貫複々線工事」という)に活用された。なお、この「京浜急行線」は現在当駅に乗り入れている京浜急行電鉄本線とは関係なく、あくまで「京浜線の急行」という意味である。現在の京急本線の当時の名称は「京浜電気鉄道」だった。

田町寄りには本来横須賀線が使用するはずだった高架橋の一部が残されていたが、高輪ゲートウェイ駅の建設により取り壊された。

1960年代には新幹線が東海道新幹線しかなく、高速道路網も未整備で鉄道輸送のシェアが大きかった。年末や旧盆の帰省ラッシュ時に東北本線、奥羽本線や磐越西線方面への下り臨時列車が当駅臨時ホーム始発、山手貨物線経由で運行されたことがある[33][34]。(一部は東京駅・上野駅経由、ただし両駅での客扱いなし[35])。当駅始発の最初は1960年(昭和35年)12月28日から31日までの4日間で、15本の列車がその対象となり、1975年(昭和50年)まで続いた[33]。当時の東北方面へのターミナル駅である上野駅の混雑を緩和する目的で設定されたのである。乗客は提灯に導かれて駅の東側に回り、多数張られた白いテントの中で列車を待った[36]。このテント待合所は俗にテント村と呼ばれた。1965年(昭和45年)5月に3,000人収容の団体待合室が完成して、待合場所が変更された[37]。

全ホームに東京圏輸送管理システム(ATOS)が導入されている。

特急「成田エクスプレス」は、大船駅発着の列車と東京 - 成田空港間で大船駅発着連結のない便の新宿駅発着の列車が停車し、その他の列車は通過する。新幹線の全列車が停車する駅で昼行特急列車が通過する設定をしているのは国内では当駅が唯一である。寝台特急のサンライズ瀬戸・出雲も通過するが、上り列車が事故などで遅延した場合、当駅で運転を打ち切る場合がある。

山手線には、深夜に当駅止まりの電車が設定されている(東京総合車両センターに引き上げ)。東海道線には、常磐線直通系統の当駅発着列車以外に早朝の当駅始発下り横浜方面への列車・朝の宇都宮線および高崎線からの当駅止まりの列車・深夜の東海道線横浜方面からの当駅止まり列車の設定もある。横須賀線は、下り始発列車が当駅始発、上り最終列車が当駅止まりとなっている。総武快速線直通は、平日朝夕方に当駅発着列車が設定されている。

のりば

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番線路線方向行先備考
1 JY 山手線 内回り 東京・上野・駒込方面