レーエン
レーエン(独: Lehen、英: fiefdom、仏: fief、羅: beneficium)とは、歴史学・社会学における技術的・法学的意味での封建制度を指す用語。「知行制」と訳されることもある。封建法によって規定された封主と封臣の関係をいうだけではなく、封土における採掘権や伐採権も指す。神聖ローマでは郵便が皇帝の大権レガールであるか世紀をまたいで議論されたが、否定する立場では郵便もレーエンとみなされて領邦郵便を認めることになる。

レーエン制は8・9世紀ごろフランク王国で成立し、10世紀から13世紀の間に最盛期を迎えたと考えられている。レーエン制的関係は近代になると急速に衰退したとされるが、18・19世紀になってもその残滓と思われる法的関係は観察することができる。またレーエンは日本史用語の知行と非常に類似しているが、官職レーエンなどを知行の範疇で捉えることは難しい。
歴史的展開
[編集]6世紀、メロヴィング朝のフランク王国においてすでに自由身分の人間が国王などの領主身分と保護-服従の関係を結んでいる。このような場合、封臣は自由身分を維持しつつ封主に対する服従的関係に入った。これはゲルマン古来の伝統に由来すると思われる従士制度より強固な法的関係であったと考えられている。なぜなら8世紀のフランクの古文書があげるこのような「託身」契約には、ゲルマン従来の従士的な結合関係以外に衣食などの物質的欠乏の保護を目的とした関係が紛れ込んでいるからである。誠実宣誓などを伴い、従士制的要素の強い封臣制度と物質的な要素の強い恩給制度が結びついたのが全体としてのレーエン制であると考えられている。狭義の、そして当時使われていた本来の意味での「レーエン」はこのような恩給制度の目的物、なかんずく土地を指す言葉である。
カロリング朝になると、辺境伯や伯などの世俗的な官職もレーエンであるとみなすことが一般的となった。これはもちろん伯が一定の領地と結びついているために自然と恩給として意識されたということも出来る。このことによってレーエンが単なる土地に付随する物質的利益にとどまらず、一定の政治的身分や権力関係が含まれることになった。これをもって官職のレーエン制を国家権力の「私物化」とみなす見方も存在するが、基本的に官職レーエンはレーエン法によって国家権力の統括下にあったのであり、その限りにおいて政治的身分や権力関係が生じていたのであるため、国家から独立して領主権力が存在したというようなことはレーエン制的関係から導き出すことはできない。のちには教会組織にもレーエンが浸透し、ドイツ内の主要な司教・修道院長などの任命もレーエン制的な色彩が強くなった。